イエローサファイアといえば、小生に限らず宝石好きは、スリランカ産の特上品=“ゴールデン・サファイア”を想い浮かべるだろう。プレシャスストーンの収集に入れこんでいた時期がある小生は、宝石や貴石・半貴石の話が大好きだ。時計界では宝石好きも多く、ジュエリー話に花が咲くこともままある。熱を帯びる話題のひとつが、宝石の地政学的な世界観・歴史観とでも呼ぶべきものだ。ダイヤモンドといえば昔は南アフリカで今はボツワナ・ロシア産、ルビーならミャンマー。石と国の名前が密接に結びつき、「あの頃のキンバリー鉱山は実は…」「掘り尽くしたらあの国はもう…」などと、国際的な内輪話が続く。
殊に、サファイアの話は終わらない。ブルーサファイアの色ならミャンマー産の“ロイヤルブルー”と、今では滅多に見かけない紛争地カシミール産の最高級カラー“コーンフラワー・ブルー”に尽きる。だけどダイアナ妃の形見だったキャサリン妃の婚約指輪は、確かスリランカ産だったか。そんなエキスパートたちの前にことし現れたのが、「イエローサファイア」の逸品である。
ウブロ「スピリット オブ ビッグ・バン イエローサファイア」
特別な技術で磨き上げたサファイアクリスタルケース
天然ものでも稀なその素材を、時計のケースとして特別な技術で再現したのが、ほかならぬウブロである。ここ数年のウブロはカラーサファイアクリスタルケースの腕時計を次々に発表していたが、最高難度のイエローカラーがついに完成した。「スピリット オブ ビッグ・バン イエローサファイア」は煌めく素材を躯体とする、特別な腕時計である。
もともと腕時計のスペックには“サファイアガラス”や“サファイアクリスタル”という言葉が、風防ガラスやシースルーバックの素材として頻出する。業界の慣用的な語用なのだが、実はガラスでもクリスタルでもなくて、それらは人工的に再現されたサファイアそのものにほかならない。天然でも人工でも、サファイアは無色透明のものから、多種多様のカラーのものが存在する。ちなみにルビーは、赤い色のサファイアを特別にそう呼ぶのであって、組成は同一である。時計のムーブメントの重要部品であるあの赤い受け石も、ルビーでありサファイアなのだ。
時計の部品として使われる最大の理由は、めっぽう硬いからにほかならない。サファイアクリスタルは、ガラスのように見えながら鋼よりもはるかに硬度に優れているのである。ダイヤモンドでしか研磨もできない、手ごわいその素材を2016年、ウブロはケースにかたちづくってみせた。透明、ブラックスモーク、レッド、ブルー。そして今年は世界で初めて、イエローのサファイアクリスタルケース製造に成功したのである。稀な輝きを持たせたケースを透かすのは、名機エル・プリメロをベースにウブロのために再設計された贅沢極まりないクロノグラフ・ムーブメント。秒速10振動の鼓動が世界初の快挙に喝采するような、ハイビートの拍手を続けるのを、黄金色の向こうに愉しむことができる。
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト