映画監督がつづる、苦悩と歓喜の狭間に生きるアスリートという人生
小説やエッセイの名手としても知られる、西川美和さん。本書には数々のアスリートたちの横顔が、西川さんならではの目線でつづられる。
「連載を始めるとき、ご本人に取材するのではなく、一般の人間がスポーツ観戦をする形で書いてみたいと希望しました。スポーツの世界に生きる方たちが抱える葛藤と、観る側の人間たちの日々の葛藤とが、どこかしら繋がるといいなと思ったんです」
地元、広島カープの熱烈なファン。「スポーツを観るときだけは映画を忘れられる」という。書かれた種目は野球、体操、サッカー、テニス、バスケット…と多岐にわたり、描写は鋭く、みずみずしい。
「映画という仕事は、勝敗では片のつかない事柄を描く。でもスポーツは点数のみで評価される世界。非常に険しい所に立っている人々です。でも成績や数字では語りきれないものが、たくさんあるはず」
スポーツ記者の書くそれとはまたひとつ違う彼らの顔を、西川さんはすくいとる。37歳でカムバックした伊達公子さんの稿では、〈表情に厳しさが増していった。きしみを増す身体で走る内に、生来の業に火がついたのか〉と記す。高校野球の稿では、青春という光、遠い日のきらめきを思い起こされ胸が熱くなる。
「自分の仕事とは違うところでのアスリートたちの闘い方や厳しさに、私は永久に憧れを持っていくでしょうね」
感情に深く分け入る感動作を創り続ける西川さんの、素顔も垣間見える、この一冊は紛れもない人間賛歌である。
西川美和さん
にしかわ・みわ/ 1974年、広島県出身。’02年『蛇イチゴ』で監督 デビュー。’06年『ゆれる』で毎日映画コンクール日本映画大賞受賞。 小説『きのうの神様』が第141回直木賞候補となった。
『遠きにありて』
INTRODUCTION
雑誌『Number』に連載中のエッセイ。’15年~’18年までの分を収録。この時期の著者の生活ぶりもうかがえる。「私にとって書くことは、映画制作に入る前の、アスリートにとっての筋肉トレーニングのようなもの」と著者は語っている。
※本記事は2019年1月7日時点での情報です。
- PHOTO :
- 高木亜麗
- EDIT&WRITING :
- 水田静子