先日ヴェネツィアのカンナレージョ地区を歩いていた時のことだ。ビザンチン様式の美しい建物が並ぶヴェネツィアでもひときわ目を引く白い大理石と赤いレンガ作りの建物が目に入った。
見上げてみると「テアトロ・イタリア=イタリア劇場」と書いてあるので、こんなところに劇場があったのか、と思ったのだが、よく見ればスーパーの手提げ袋を持った人たちが出入りしているではないか。どうやらこれは劇場を改装したスーパーマーケットのようだが、おそらくヴェネツィア一、いやイタリアで最も美しいスーパーマーケットなのだ。
イタリアで最も美しいスーパーマーケット誕生
早速気になった「テアトロ・イタリア」に入ってみると、確かに並んでいる商品だけを見ればスーパーマーケットなのだが、壁面や高い天井がまるで教会のような美しいフレスコ画で覆われている。半円形の窓から入ってくる明かりや、フレスコ画を照らす照明などついつい商品ではなく上ばかり見ながら歩いてしまう。
しかも最奥部にある肉売り場を飾るのは舞台照明のセットで、おそらくは舞台があった場所だと思われるドラマチックな構成。これはまさに劇場ではないか。気になったので早速スマホで「テアトロ・イタリア」について調べてみた。
1914年に劇場として誕生した「テアトロ・イタリア」は、その後映画館や大学施設として利用されていたが、1979年には閉鎖され30年以上に渡って荒廃が進んでいた。この美しい建築の再開発に乗り出したのが大手スーパーマーケット・チェーンの「デスパール」だ。
「デスパール」は1960年代に誕生したスーパーマーケット・チェーンで現在では北イタリアを中心に200店舗以上運営している大手企業。イタリア文化庁の協力の元「テアトロ・イタリア」の改装に200万ユーロ(約2億6000万円)と2年をかけて改装に着手。
設計はヴェネツィア近郊、トレヴィーゾ市に本社がある世界的企業リネア・ライト社が担当した。その結果数十年ぶりに蘇った「テアトロ・イタリア」がヴェネツィア市民に一般公開されたのだ。
ヴェネツィア様式の美しい建築を活かした店内
ヴェネツィア様式の美しい建築を最大限に生かし、2階部分は劇場のバルコニーが再現されていて平土間だった売り場全体が見渡せるようになっている。
肉売り場がある正面には舞台装飾が再現されており、昔の「テアトロ・イタリア」を知る人ならば、かつて華やかな歌劇やコンサートが行われていた在りし日の姿を、まじまじと思い浮かべることができるだろう。
建築もさることながら「テアトロ・イタリア」は「デスパール」の最高級ブランドとして確立し、包装紙などのパッケージングも従来とは違う高級路線なイメージを採用している。
壁面や天井のフレスコ画も当時のものを再現しているが、照明に関しては店内全てにLEDを採用。フレスコ画を傷めないようにしつつも美術館のように鑑賞でき、なおかつ商品陳列棚も見やすいよう考慮されている。また、ハード部分だけでなく、商品開発にもヴェネツィアの老舗菓子店やパン屋が多く参加。
1911年創業の菓子店「デジデーリ」はじめ「フィオーレ」「セバステ」「フラッカーロ」「カネッラ」などイタリアを代表する老舗の味を揃えるハイエンド・ガストロノミーなスーパーマーケットとして再出発したのだ。このプロジェクトは文化的、商業的に成功して大いに話題となり、文化財の再活用問題を抱えるイタリアにとってひとつの指針となったのだ。
景観に配慮した外観
せっかくだから、とヴェネツィアを代表する郷土菓子「バイコリ」と「ブッソラーイ」、それに「ハリーズバー」で有名なカクテル「ベッリーニ」の缶を手に取った。空間が美しいとついつい気分が高揚して買い物に励んでしまう。
日常空間でありながらも非日常的効果がある「テアトロ・イタリア」はもし買い物しなくても一度は訪れたい、一見の価値がある試みだろう。美しい買い物袋抱え、劇場の正面扉から外に出ると多くのひとたちが「テアトロ・イタリア」を眺め、写真を撮っていた。
イタリアといえどもこれほど美しいスーパーマーケットはそうそうない。おそらくはヴェネツィア一、いやイタリアで最も美しいスーパーマーケットが、この「テアトロ・イタリア」だ。
テアトロ・イタリア
- TEATRO ITALIA
- 住所:Via Cannaregio, 1939 - 19525 Campiello de L'Anconeta
営業時間:8:00〜21:30 年中無休
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト