いまやすっかりフランス映画には欠かせない存在となったロマン・デュリス。2019年4月27日(土)公開の映画『パパは奮闘中!』では、突然妻に出て行かれ、子どもふたりを抱えながら働く男性を演じています。キャリア史上初めて台詞が決められてないアドリブ演技に挑戦したデュリスに話を聞きました!

ロマン・デュリスが語る、映画『パパは奮闘中』の舞台裏&プライベート

ロマン・デュリスさん photo by Masato Seto
ロマン・デュリスさん photo by Masato Seto

出演依頼があったときは「やった!」と思いました

——映画『パパは奮闘中!』は、妻とふたりの子どもたちと幸せに暮らしていたと思っていたはずが、ある日突然妻が家出。育児と仕事の両立を迫られる夫の奮闘ぶりを描いたヒューマンドラマです。出演オファーが来たときはどう思いましたか。

(本作でメガホンを取った)ギヨーム・セネズ監督の前作で、長編第1作の『Keeper』をとても気に入ってたんです。ティーンエイジャーたちを描いた作品ではあるんですが、演出がすごく自由で“本物”といった雰囲気を醸し出していました。映画を見たとき、「いつか彼と一緒に仕事をしてみたい」と思ったんですね。当時、ちょうどギヨームから「次回作は妻が出て行ってしまった家庭で、工場で働きながら育児に奮闘するパパの話」と聞いていて、とても興味深いなと思っていました。だから依頼があったときは「やった!」って思いましたよ。

『Keeper』がアドリブを中心とした演出だと聞いていたので、面白い経験になるだろうな、どういうものが生まれるのかな、と非常に興味がありました。

© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma
© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma

——本作の脚本は緻密なセリフが書かれていたそうですが、俳優さんたちには一切見せず、みなさんの台詞はアドリブだったと聞きました。デュリスさんにとってこの演出は俳優人生初の試みだったそうですが、「セリフが決まってない」ことの恐怖はありませんでしたか。

最初だけですね。撮影を始める前は、「うまくいくだろうか」とか「アドリブでセリフを言わなくてはいけないのにひょっとして固まっちゃうんじゃないか」とか「監督とうまくいくのだろうか」といった不安はありました。

でも、撮影初日からそんな不安は吹き飛びました。本作はまるで(撮影の)ボタンがあって、それをポンと押したらあとはスーッと流れていくようだったんです。撮影中に一度も不安を感じることはありませんでした。

撮影中は監督や共演者たちと信頼感が生まれますし交流もします。アドリブとはいえ、監督は自分のやりたいことをきちんと把握しているので、私たち俳優をまったくの放任にするわけではありません。ここはこうしなさい、と枠組みをつくってコントロールしてくれる。ギヨームの言い方がまたネガティブではなく、とってもポジティブなんです。

すべての監督が彼のようではありませんが、ギヨームは即興でありながら、自分では理解していてその方向に俳優を誘導してくれる。撮影には流れるような自由さがありました。

© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma
© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma

——決まったセリフがないということで、撮影前にどのような準備をしたのですか?

セリフ以外の準備はきちんとしました。人間ドラマの部分というよりも、現実を自分のなかで理解するということをしましたね。僕が演じたオリヴィエが働いているのは、IT企業のオンライン販売の倉庫です。労働現場はリアルなものです。そこに信ぴょう性をもたせなければなりません。そういう社会の現実は自分でもリサーチしました。

セリフはほとんど“アクセサリー”というか……。セリフが人物を描くのではないんですよ。今回の役づくりにおいて、セリフはあとになっても全然問題がないものだなぁと思いました。

他人の話に耳を傾けることが俳優の基本

——今回の演出方法は、デュリスさんにどんな発見や気づきをもたらせましたか。

俳優としてすごく自由になった気がします。俳優としての自信もついた気がします。今まではきっちり台詞が書かれていたなかで演技をしてきたので、台詞がなかったらどういうふうに行動するんだろうと想像するしかありませんでした。そうした想像でしかなかった部分も今回は実際に演じてみたわけですので(笑)。

俳優の基本は他人の話に耳を傾けることだと思うんです。僕自身そういう感性は豊かなので、今回の作品は至る所で耳を傾けて反応するという感じでした。もちろんセリフのある映画でもそうですが、ない映画では余計、「聴く」ということが僕にとって100%やるべきこととなっていました。

© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma
© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma

——映画では妻がなぜ突然出ていったのか、まったく説明がありません。ただ、妻も働いていましたし、家事育児などは一切妻がしていたことがわかるだけに、妻の気持ちに共感する女性は多いかと思います。デュリスさん自身は妻が家を出た理由をどう理解していましたか。

おそらく夫婦の間には何かうまくいかないこと、昔うまくいっても今うまくいかなくなったことがあるんだと思うんですよ。オリヴィエはあまりにも仕事に一生懸命になりすぎています。家にいるのだけれど、本当の意味ではいない「希薄さ」があったんじゃないかな。

でも、作品のなかでその理由を明確に表していないのはすごくいことだと思っています。彼女はひょっとしたら精神的に複雑なことがあるのかもしれない。ミステリアスな部分を残してジャッジしないというのは映画にとっていいことだと思います。

© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma
© 2018 Iota Production/LFP – Les Films Pelléas/RTBF/Auvergne-Rhöne-Alpes Cinéma

——ところで、最近デュリスさんが購入されたPreciousなモノやコトを教えてください!

僕はあんまりモノにこだわる性格じゃないんだよね……(と暫く考え込んで)。難しいな。あ、少し前に映画のプロモーションでシンガポールに行ったんですね。僕は自分でイラストも描くんですが、その絵の展示も行ったんです。僕の絵が本になって売られていました。自分の作品を携えて他国へ行ける体験は、それは本当に素晴らしいことでした。シンガポールのアートや文化も知ることができましたし、個人的にプレシャスなことでしたね(笑)。

筆者が彼の絵を思わず「見てみたい!」と叫ぶと、「最初に日本で僕の絵を展示してくれるギャラリーを探さないといけないね」と笑って対応。デュリスさん曰く、作品集はインターネットで買えるらしいですよ。

ロマン・デュリス
俳優
1974年5月28日、フランス・パリ生まれ。1994年にセドリック・クラピッシュ監督の『青春シンドローム』でデビュー。この映画の成功をきっかけに、同年代の最も有名な俳優となる。『猫が行方不明』(1996年)、『パリの確率』(1999年)のクラビッシュ作品ほか、『ガッジョ・ディーロ』(1997年)のトニー・ガトリフ監督作品にも多く出演。2005年の『真夜中のピアニスト』でルミエール賞・最優秀男優賞を受賞。その他、『タイピスト!』(2012年)、『彼は秘密の女ともだち』(2014年)、『ケネディ家の身代金』(2017年)など国内外を問わず活躍。
『パパは奮闘中』
4月27日(土)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開
仕事と育児に頑張る父とふたりの子どもたちの愛と絆を描いたヒューマンドラマ。
監督・脚本:ギヨーム・セネズ 共同脚本:ラファエル・デプレシャン 出演:ロマン・デュリス ロール・カラミー レティシア・ドッシュ ルーシー・ドゥベイほか。オフィシャルサイト
この記事の執筆者
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉