1761年に家具職人カスパー・ファーバーがドイツ・ニュルンベルグ近郊に創業した世界最古の筆記具メーカー、ファーバーカステル。

 1851年には鉛筆を世界で初めて商品として発売、さらに自社製鉛筆にブランド名を冠したことでも知られている。現在は黒芯鉛筆はもちろん、子ども用のクレヨンからプロユースの水彩色鉛筆などまで幅広く展開する一方で、1993年にはファーバーカステルのオーナーである8代目ファーバーカステル伯爵が『GRAF VON FABER-CASTELL(ファーバーカステル伯爵コレクション)』と名付けた高級筆記具ブランドを創設している。

 この『ファーバーカステル伯爵コレクション』が、毎年素材やテーマを変えて発表している限定シリーズ「ペン・オブ・ザ・イヤー」の2019年モデルとして、今回「ペン・オブ・ザ・イヤー 2019 サムライ」が発表された。剣豪・宮本武蔵を題材としたというペンのボディには「けふはきのふの我にかち」(通常エディション)と「心意二ツの心をみかき」(ブラックエディション)という武蔵の言葉が刻印されている。.

ファーバーカステル伯爵コレクション『ペン・オブ・ザ・イヤー2019サムライ』

ブラックエディション(写真左)の胴軸は武士の甲冑をモチーフ。「五輪書」の「水の巻」に記された武蔵の哲学のひとつ、「心意二ツの心をみかき」を刻印。尻軸には「水の巻」から着想を得た波模様が施されている。¥650,000(税抜、世界330本限定)・通常エディション(写真右)には、武蔵の格言「けふはきのふの我にかち」が24金ラッカーで胴軸に刻まれている。首軸は日本刀の柄を表現。¥500,000(税抜、世界400本限定)通常エディションは「朴の木(ホオノキ)」をメインの素材とし、朴の木は刀の鞘(さや)や柄として用いられ、木軸鉛筆をメインのビジネス領域とするファーバーカステルとして高品質の朴の木を選定・採用。天冠には日本刀の鋼が用いられ、「侍」と刻印されている。また、ドイツで職人が手作りをする限定生産でシリアルナンバーを刻印。漆黒の化粧箱に収められファーバーカステル伯爵の署名入り証明書が付属する。
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 今回なぜこうした日本の武士をモチーフとしたモデルを手がけることになったのか。ファーバーカステルの現当主であり、『ファーバーカステル伯爵コレクション』の責任者でもある9代目ファーバーカステル伯爵に話を聞いた。

ファーバーカステルの現当主、9代目チャールズ・フォン・ファーバーカステル伯爵
──「ペン・オブ・ザ・イヤー 2019 サムライ」は、宮本武蔵の言葉をボディに配するなど、その斬新さに驚かされました。こうした形になったきっかけや経緯について、お聞かせください。
 まず、『ファーバーカステル伯爵コレクション』についてご説明したいのですが、これは1993年に私の父が生み出したブランドです。
 ファーバーカステルそのものは、今年で258年目を迎える老舗ブランドですが、実は1980年代〜1990年代、やや危機的状況になったことがありました。その時、自分たちは何をすべきかを、過去を振り返って考え、アーティスト向けの高品質な鉛筆をもとに、プロフェッショナル向けの色鉛筆や子ども向けの画材、それから日々使えるような一般的な筆記具に、それぞれカテゴリーを分けて商品開発をすることで危機を乗り越えました。その一方で卓越した品質という点にも自信を持っていたので、『ファーバーカステル伯爵コレクション』創設に繋がったのです。
 これは、『GVFC』としての、初めてのプロダクト「パーフェクトペンシル」です。キャップにはエクステンダーの機能も果たすシャープナー(鉛筆削り)が付き、イレーザー(消しゴム)も付属していて、これ1本ですべて事足りるようになっています。このプロダクトが成功を収めてこのブランドが大きくなり、万年筆やレザーグッズなども発表してきました。
 そして、「ペン・オブ・ザ・イヤー」に関してですが、これは2003年から毎年発表している、『GVFC』の象徴的な商品です。卓越した品質に加えて、希少価値のある素材使いと、ドイツの職人によるクラフツマンシップを反映させることを大切しています。
 今回のテーマ「サムライ」に関してですが、日本は私にとって、最初のビジネストリップで訪れた思い出の地であり、現在もよく訪れて、その文化に親しんでいます。2年ほど前に、観光がてら新宿・歌舞伎町のサムライミュージアムに立ち寄りました。そこで殺陣や甲冑を見たりして楽しんだわけですが、その後自分自身でサムライに関して調べるようになりました。
 すると、サムライというのは単なる戦士というだけではなく、より深い哲学的な側面があるということがわかってきたのです。それはファーバーカステルとの繋がりを見出すことでもありました。中でも宮本武蔵は、サムライであると同時にアーティストであり、作家でもあった。彼が遺した『五輪書』の中には、現代のビジネス社会を生き抜いていく際にも使えるような戦略的な考え方や哲学があります。今日においても通用する強さのあるものを残してくれたところに、強い共感を抱きました。
 さらに、この「ペン・オブ・ザ・イヤー 2019 サムライ」に関して、日本刀をつくる刀鍛冶とファーバーカステルの職人、ともに長い時間と高い技術によってものづくりを行うところに共通点を見出しました。日本刀をつくるのには、師匠から弟子に受け継がれ、何年もかけて弟子が学んでいきますが、ファーバーカステルのものづくりでも同様です。
──そうしたサムライに関する探究や洞察は、どのように実際の形に結びついたのでしょうか。
 いま私が手にしているのはブラックエディションですが、胴軸にはもっとも高価な鉄といわれ、日本刀にも使われる玉鋼(たまはがね)を使用しています。日本の刀職人を起用して製品に仕上げました。
 表面には甲冑をイメージした、24金で描いた模様が配されています。尻軸には水の模様。『五輪書』の「水の巻」の中で、水のような流れをもって戦う身のこなしの重要性を説いた箇所があるのですが、そこから着想しています。またブラックエディション、通常エディションともに、首軸は日本刀の「柄巻」を象っています。
 そして、通常エディションには「けふはきのふの我にかち」、ブラックエディションには「心意二ツの心をみかき」という武蔵の言葉が刻印されています。 
甲冑をイメージした「ペン・オブ・ザ・イヤー 2019 サムライ」ブラックエディション
「心意二ツの心をみかき」の文字が刻まれたキャップ
──玉鋼を使われているということですが、鉄というマテリアルとペンは通常なかなか結びつかない、意外性ある素材使いですね。
「ペン・オブ・ザ・イヤー」は木材や金属など、毎回さまざまな素材を使っています。そして貴重な素材というのは、熱や湿度に対してどう変化するのかということを検証しながらつくらないといけないので、結構大変なのです。あと、万年筆は小さなプロダクトなので、職人技を駆使し、時間をかけて加工することが求められます。
──アーティスト向けの製品、子供向けの製品、そしてプレミアムなプロダクトとしての『GVFC』があって、今後『GVFC』はブランドとしてどのように展開されて行くのでしょうか。
 伯爵家が代々経営しているこのブランドが他ブランドと違うところは、短期的な利益を求めない姿勢です。もちろん企業なので一定の利益は必要ですが、目先の利益には囚われないということに注意しています。靴職人はラスト(木型)に専心すべき、というドイツの格言がありますが、自分の得意な分野をまず磨くべきで、それ以外の分野にむやみに手を出すと危険だということだと思います。
 現時点では、色にポテンシャルがあると思っています。私自身、以前は万年筆のインクは黒と青以外誰が使うのだろうと思っていました。でも現状は、自分の好きな色を選び、カードなどに書いたりすることで、自分の個性を表現できるということを楽しむ方々が増えています。
 いま手元にあるのは私が好きな2色で、ストーングレイとモスグリーン。ストーングレイは黒よりも強くなく、余白を生み出すような微妙な色合いで、気に入っています。モスグリーンはブランドカラーもグリーンなので、同じくお気に入りです。また、ペンの太さも3種類あるので、どれを選ぶかということで、個性の表現につながると思います。
お気に入りのボトルインクインクを手にし説明をするチャールズ・フォン・ファーバーカステル氏。●インク ●容量:75ml ●ドキュメントプルーフ ●全18色展開 ¥3,600(税抜)
──現在展開されている伯爵コレクションの製品で、個人的にお気に入りはありますか。
 やはり最新の「ペン・オブ・ザ・イヤー2019 サムライ」がいいですが、それ以外ですと、クラシックコレクションのペンが好きですね。これはインドネシア原産の木材『マカサウッド』を使った万年筆で、マーブル状の色合いが特徴です。同じ模様は2つとありません。
 ファーバーカステルはもともと木軸鉛筆を手がけているので、木の扱いにかけてはエキスパートです。ひとつひとつ表情が違い、どれを選ぶかで、個性の表現になります。人にプレゼントしようと選んだ木軸の模様があまりにきれいだったりすると、あげたくなくなったりすることもあります(笑)。
──現代を生きる男性にとって、ペンとはどのような意味を持つとお考えですか。
 現代はデジタル化の時代で、日々めまぐるしく移り変わっていきます。自分でも、この時代にペンを扱っていることの意義をよく考えます。
 そして、いまはなにもかも早く進んでしまうことに対する揺り戻しが来ていると感じています。ペンを持ったり、ペンでものを書いて人に送ったりするという行為そのものが、ラグジュアリーな体験になっているのではないでしょうか。相手を思い文字の色を選んだり、カード選んだりすることも、意味のある、贅沢な時間になっていると思います。
 私自身、ディナーをともにした人に、お礼の一言を添えたグリーティングカードを書く行為を、日常的にやっています。相手のことを考えカードやインクの色を選んだりしています。あとは何か成功を収めた方にお祝いの言葉を書いて渡したり。それはほんとうに短い、数文字でいいと思います。ペンの太さとか、そういったことにも自分の個性や思いを反映させることができるので。短い言葉のレターは大切にしていますね。
──日本でも一筆啓上で始まるやりとりは過去多かったと思いますが、最近は少なくなってしまいました。いい習慣ですね。
 最近は古いものに価値を見出すミレニアル世代(平成初期に生まれた世代)が多かったりもするので、筆記に関しても、この時代に合った意味を持つ、意味を見つけることは大切だと思います。
──ところで、ペンや筆記具以外に、紳士のアイテムでは何に一番興味がありますか。
 靴が一番好きですね。アメリカのオールデンがもっとも気に入っています。というのも、私の足は幅広なので、イタリアの靴などだとちょっと細すぎるのです。
 ニューヨークに行くたび、私の妻がショッピングを楽しんでいる間、私は自分のケアの意味も含めオールデンショップに行きます。
 というのもドイツではオールデンはあまり扱いがないのです。最近もニューヨークのオールデンでいいブーツを見つけました。ブラウンカラーで、ちょっとハイカットの、確か「インディブーツ」というモデルです。あと、ウォッチコレクターではないですが、腕時計も好きです。
 ロレックスが好みですね。あれだけ伝統あるブランドですが、堅牢性も高く、アウトドアも含めどんな時でも着けていられる、そこがいいです。今はオーデマピゲを愛用しています。
 パテック フィリップもいいと思いますが、現時点では持っていません。50歳になったら自分のために買おうと考えています。

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この記事の執筆者
『エスクァイア日本版』に約15年在籍し、現在は『男の靴雑誌LAST』編集の傍ら、『MEN'S Precious』他で編集者として活動。『エスクァイア日本版』では音楽担当を長年務め、現在もポップスからクラシック音楽まで幅広く渉猟する日々を送っている。