前回、海外ドラマのぼく好みを申し上げたら、びっくりした。硬派のドラマを挙げたつもりだが、観た観たウンウンとおっしゃる反響は、圧倒的に女性が多かったのである。なかには80代の飲み屋のママもいて、詳しいのなんのって。それにしても男たちは、何を観ているのだろう。まさか家でもスマホでゲームをしているわけでもあるまい。それじゃあ、あまりにショボイものな。
ま、それはいいとして──。
映画もそうだが、海外ドラマのご利益は、舞台となる時代と場所へイトモ簡単に飛んでいけるところにもある。
たとえば日本でも大人気の『ダウントン・アビー』なんかそうですね。あのような時代ものは、そのものズバリ「コスチュームドラマ」(「ペリオドドラマ」という正式な呼び方もあり)とも呼ばれ、飲み屋のママからのメールの言葉を借りると「時代考証がしっかりしているものが多く、今までモノクロ写真や絵画でしか見たことがなかった世界が突然現れて、それを寝ながら観られる楽しさ」ということになる。
ぼくのように多少なりともメンズファッションと関わりがあるものにとってもそのあたり非常に参考になるんですね。特に英国ものです。
たとえばあなた、ヴィクトリア朝のメンズファッションをスケッチしてみなさいと言われたらできるかね? ぼくはできますよ。なにしろグラナダテレヴィジョン制作の傑作『シャーロック・ホームズの冒険』シリーズ全41回を繰り返し繰り返し観ていますからね(カンバーバッチBBC版『シャーロック』のほうじゃないよ。あれはあれでオモシロイですがね。デザイナーブランドも多数登場し、視聴率も『ダウントン・アビー』と一、二位を争った)。男女とも世紀末英国で着られていた服のほとんどすべてが登場するのではないか。ホームズのフロックコートや紫のガウン、それからワトソン博士がお好きなツイードのノーフォークジャケットなど眼底に焼き付いております。
続く20世紀初頭のブリティッシュメンズファッション。これは『ダウントン・アビー』をよく観りゃわかる。むろん貴族であるクローリー家の物語だから、貴族の服装が主菜になりますが、洋装というものは、王族・宮廷人・貴族に源を持ち、そこから下に流れていくわけだから、貴族の服装をつぶさに研究すれば大要把握できるようになってるわけです。
VANジャケットの創始者で、1960年代のアイビーブームの仕掛け人石津謙介さんはTPOというものを唱えられた。ご存じですか? Tはタイム、Pはプレース、そしてOは機会を意味するオケージョンの頭文字。男の服装はこの三つに相応しいものを着なくちゃいけないよ、どこに行くにも同じネズミ色のスーツじゃNGなんだよ、とわれわれの目を開かせてくれたんです。貴族の服装というのは、まさにこのTPOの原点なんですよ。
ホワイトタイの礼装で迎える夕食をハイライトに、朝起きてから夜自室(ベッドルーム)に戻るまで何度も何度も着替える。それぞれの服装にはそれぞれのはっきりした理由と目的があることがそれを見ればわかる。
物語を大いに楽しみながら、そういう知識を身に着けられるんだからご利益ご利益とぼくはありがたがるわけです。
ちなみにですね、この『ダウントン・アビー』のクリエーターは、ジュリアン・フェローズという男爵で、同じく1930年代の貴族の屋敷の人間模様を描いた映画『ゴスフォード・パーク』(ロバート・アルトマン監督)の脚本でアカデミー賞の脚本賞を取ったコスチュームドラマ界の帝王。今度は、米NBCアメリカ版『ダウントン』とも言える、アスター家やJ.P.モルガン家など19世紀末の新興財閥たちを主人公にした"Guilded Age"を制作するらしく、ぼくは非常に楽しみにしてるわけなんです。
話はもどる。
わかるよ、林さん、『ダウントン』おもしろい。でもね、オレは貴族じゃないから、貴族の服装術を頭に入れてもしょうがないんだよね、と思われる方もいらっしゃるだろう。そういう方には1910年代、20年代が主な舞台になる『ダウントン・アビー』と時代的にうまくつながる『名探偵ポアロ』をおすすめしたい。
クリスティーの原作は1920年代が時代設定だったと思うが、それを1930年代にうまく移しかえてある。小柄で異様なほどの潔癖症のポアロの洒落者ぶりはご存じの通り。大陸仕込みの蝶タイ、オッドベスト、ホンブルグハット、モノクルにステッキのスタイルが当時のデザイントレンドであったアールデコのインテリアと相性がよくてね。 なにしろ25年にわたった大作ドラマ。1930年代のロンドンの男、英国や大陸ヨーロッパの男が次から次へとしっかり時代考証されたスタイルで現れる。動く服装事典のようなものですよ。 クルマ、飛行機、オリエント急行やクルーズ船など、いまの時代の社会インフラはコンピュータを除いてほとんど登場するから、インダストリアルデザインの変遷まで目のあたりにできる価値あるドラマなんですよ。
おわかりですか? 19世紀末から現代のメンズファッションの基礎のすべてが完成した1930年代まで、ドラマで英国メンズファッション史のおいしいところが全て学べる。悪くない話でしょ?
- TEXT :
- 林 信朗 服飾評論家