長靴型と称されるイタリア半島において、ちょうど膝の裏側にあたるのがアブルッツォ州だ。アブルッツォはヨーロッパでも最も自然が豊かで緑が多い州として名高く、総面積の約3分の1が国立公園や自然保護区に指定されているほどだ。
また、アドリア海に面した海岸線も美しく、エビやシャコなど海の幸が豊富で美味しい。このアブルッツォの海岸部を車で走ったり、あるいは電車で旅したことがある人はあるいは車窓から見たことがあるかもしれないが、アブルッツォの海岸部の代表的な景観のひとつに、海に建てられた漁師小屋「トラブッコ」がある。
アドリア海の漁師小屋で食べる海の幸
なんとなく東南アジアで見かけるような一見ひなびた風景だが、こうした「トラブッコ」は現在は水上レストランとしても活用されている。
特にオルトーナからヴァストにかけた約20kmの海岸線にはこうしたトラブッコがいくつも点在しており「トラブッコ海岸」と呼ばれているのだ。今回アブルッツォを旅した際、そんな水上レストランのひとつ「プンタ・カヴァッルッチョ」を訪れてみた。
水上レストラン「プンタ・カヴァッルッチョ」
歴史家の研究によればこの「トラブッコ」は古代フェニキア人が南イタリアに持ち込んだ漁の形態だとされる。樫の木を海底に打ち込んで土台を作り、海上数メートルの高さに小屋を設置。そこから2本の長いアームを伸ばして間に網をかける。
漁をするときはその網を手動で水中に下ろして魚をとるシステムだ。アブルッツォの海岸部には古くから存在していたが、文章として初めて登場したのは18世紀のこと。
しかし「トラブッコ」はプロの漁師ではなく、アブルッツォに多い羊飼いたちの冬の漁師小屋として作られ始めた。というのも海に不慣れな羊飼い達は船で沖に出るよりも、安定した小屋から魚をとるという漁法を選んだのだ。
この夜は風が強くて時々「トラブッコ」も揺れるような悪天候だったが樫の木で作った足場は意外と丈夫。水上通路を恐る恐るわたってレストランにたどりついた。
まず最初の前菜はクオッポと呼ばれる紙に包まれた魚介のフリット。本来は屋台などで食べるストリートフードだが、これを女性スタッフが手籠に満載し、一人一人手渡してしてくれるのだ。
ヒシコイワシやムール貝、オリーブを中につめた揚げ物など、食前酒として登場した地元ビオワインメーカー「アグリヴェルデ」のスプマンテとよくあう。
ホタテ貝のパン粉焼きと小イカの印籠詰めという日本人にはおなじみの料理が続き、さらに小さな巻貝を大量にトマトで煮た前菜が登場した。これをひとつひとつ楊枝でほじくりだしては時折スプマンテをすするという至極のひととき。気づけば目の間には大量の殻が山盛りになっていた。
イカやタコ、ヒシコイワシのマリネなどの冷たい前菜の後には大量のムール貝「ズッパ・ディ・コッツェ」がやってきた。これには酸味が心地よい土着品種の白ワイン「ペコリーノ」をあわせる。新鮮なムール貝は白ワインで蒸しただけなのになんともいえない旨味が凝縮。これも気づけば殻が山盛りになっていた。
パスタはアドリア海伝統の味、ピリ辛トマトソースを使ったエビのパスタ「ブザーラ」だ。
これは海を挟んだ対岸のクロアチア沿岸部発祥ともいわれ、ヴェネツィアやアブルッツォなどアドリア海沿岸部でよく食べる、国境を超えた伝統料理だ。
この時点ですでに大満足だったのだが、最後に登場したのがスズキのロースト。養殖ではない新鮮なスズキのフィレに薄切りのジャガイモを包み込むように乗せ、オリーブオイルとパン粉をかけて焼いたもの。これがまた秀逸だった。ジャガイモのおかげでスズキには柔らかく火が通り、ジャガイモはスズキの脂を吸って極上の付け合わせへと昇華する。
サービスしてくれた女性スタッフに「素材が全て新鮮でとても美味しかった」というと「ありがとうございます、うちでは毎朝網を下ろしてますから」というではないか。
なんと「プンタ・カヴァッルッチョ」は毎日網を下ろして魚をとり、昼夜の食事時には目の前の海でとれた新鮮な魚介類を食べさせてくれる、現役の漁師小屋レストランだったのだ。魚介類の新鮮さは然もありなん。稀有な食事ができる「トラブッコ」、中部イタリアを訪れたなら一度は体験してみることをおすすめする。
Trabocco PUNTA CAVALLUCCIO
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト