【ケーススタディ】高校の同級生同士だったナツコさんとケンゴさんが、結婚したのは今から40年前。ともに年を重ねて、昨年ふたりは65歳を迎えましたが、子どもがいないこともあり、いくつになっても恋人同士のような夫婦でした。
「住宅ローンも終わり、年金ももらえるようになったので、これからは、ふたりで好きなことをしながら暮らしていこうと話していました。今年は、結婚40周年になるので、まだ体の自由が利くうちに、南米のマチュピチュの遺跡巡りに行く計画も立てていたんです」(ナツコさん)
ところが、今年のお正月明け、会社員時代の同僚たちとの新年会に出かけたケンゴさんは、帰宅後に「胸が苦しい」と言って倒れ、救急搬送された病院で帰らぬ人となってしまったのです。
最愛の夫の突然の死で、降って湧いた相続トラブル
「医師から、死因は急性心筋梗塞だと聞かされました。夫は健康自慢で、昨年受けた区の健康診断でも、どこも悪いところないと喜んでいたんです。それなのに、こんなにあっけなく亡くなるなんて……。
夫がいちばん『まさか』と思っていたはずです。元気が取りえでしたから、いわゆる『終活』の類は何もしておらず、遺言書も残していませんでした」(ナツコさん)
これまで、何かするにも、何か決めるにも、いつもケンゴさんと相談していたのに、そのケンゴさんはもういません。呆然としながらも、ナツコさんは、なんとか通夜や葬儀、行政への届け出、社会保険の手続きなどを済ませて、ようやく一息ついたのは、ケンゴさんの死から1か月が経っていました。
ケンゴさんが亡くなってから、ひとりで過ごす夜の寂しさはひとしおで、ナツコさんの脳裏に、ケンゴさんと過ごした日々が走馬灯のように駆け巡っていきます。
「ケンちゃん、なんで死んじゃったの……。ずっと一緒にいようねって言ってたのに。早すぎるよ……」
そう、遺影に話しかけていると、自宅の電話が鳴りました。「いったい、こんな夜遅くに誰だろう」と出てみると、電話の主は、大阪で暮らしているケンゴさんの姪のワカナさんでした。
「おばさん、このたびは、ご愁傷さまでした。突然のことで、大変でしたね」
一応は、ケンゴさんが亡くなったことについて、慰めの言葉をかけてくれましたが、次の瞬間、驚くようなことを言ったのです。
「こういうことは、単刀直入に話した方がいいと思って。実は、ケンゴ叔父さんの遺産相続の件で電話したんです。私にも、叔父さんの遺産を相続する権利があるので、きちんと分けていただきたいと思って…。うちは、母が亡くなっていますけど、その場合は叔父さんの遺産を相続する権利が、私に移るらしいんです。だから、よろしくお願いしますね」(ワカナさん)
民法では、亡くなった人の遺産を相続できる人、分割割合などを決めていますが、ワカナさんは、このルールを盾に、相続権を主張してきたのです。
とはいえ、ワカナさんとは、30年ほど前に、彼女の結婚式で会っただけ。東京で暮らしているナツコさん夫婦は、大阪で暮らすワカナさんと会うことはほとんどなく、ケンゴさんのお姉さんが亡くなってからは、まったく交流がありませんでした。
離婚して、大阪でセレクトショップを経営しているけれど、あまりうまくいってないということは、風の噂で聞いていましたが、先日のケンゴさんの葬儀も、「仕事で忙しいから」と、来なかったほどです。その姪から、突然、遺産の請求をされたのですから、ナツコさんがビックリするのは当たり前のことでしょう。
「夫が残した財産は、ふたりで暮らしたこの家と預貯金が3000万円ほど。子どもがいなかったこともあり、それなりにお金は残っているほうだと思いますが、年金生活となった今、これからの私の暮らしに必要なものです。何より、姪とはいっても、ほとんど交流もなかった人に、突然、遺産を請求されるのは納得できません。本当に渡さないといけないのでしょうか?」(ナツコさん)
こうしたトラブルは珍しいことではなく、子どものいない家庭では誰もが巻き込まれる可能性のある出来事です。
でも、ケンゴさんが、生前に「あるもの」を残していれば、ナツコさんが相続トラブルを避けることができました。
そこで今回は、ナツコさんのケースをもとに、万一の相続トラブルをさけるための秘訣を、『自分でできる相続税申告』(自由国民社)などの著書があり、相続問題に詳しい税理士の福田真弓さんにお話を伺いました。
本記事ではまず、民法で定められた法定相続人について、整理しておきましょう。
民法で定められた法定相続人の範囲と順位、分割割合とは?
財産を残して亡くなった人を「被相続人」といい、その財産を相続する人を「相続人」と言います。被相続人は、自分が残した財産を誰にどのように分けるのかを自由に決めることができますが、遺産相続にはトラブルがつきものです。
「ルールが何もないと、被相続人と血縁関係のない人が相続権を主張したり、遺産の分け方で揉めたりしたときに、収拾がつかなくなる可能性があります。そこで、民法では、相続人の範囲、優先的に相続できる順位、遺産を相続できる割合を定めて、遺産分割の指針を出しています」(福田さん)
では、亡くなった人とどのような関係にある人が、遺産を相続する権利があるのか。具体的に見ていきましょう。
●法定相続人の範囲
民法で定められた相続人は、原則的に配偶者と血族のみ。とはいえ、血のつながりのある人をすべて相続人として認めてしまうと、その範囲がどこまでも拡大する可能性があります。
そこで、血族で相続人になれるのは、子どもや孫などの「直系卑属」、親や祖父母などの「直系尊属」、兄弟姉妹や甥姪(傍系の血族)となっています。被相続人の叔父・叔母、いとこなどは法定相続人にはなれません。
とはいえ、これらの人が同時に遺産を相続する権利があるわけではなく、優先的に相続できる順番が決まっています。
配偶者は、つねに相続人として認められていますが、配偶者以外の血族の法定相続人は、次のように決まっています。
●血族相続人の順位
第1順位:直系卑属(子どもや孫など)
第2順位:直系尊属(父母や祖父母など)
第3順位:傍系の血族(兄弟姉妹、甥姪など)
上位の順位の血族がいる場合、下位の順位の血族は相続人にはなれません。
たとえば、被相続人に配偶者と子どもがいた場合、相続できるのは配偶者と子どもで、その他の人は相続人にはなれません。子どもがすでになくなり、孫がいる場合は、孫に相続権が移ります。孫もいない場合は、第2順位の父母や祖父母に相続権が移り、それらの人もいない場合は第3順位の兄弟姉妹、姪甥へと移っていきます。
●法定相続分
それぞれの順位の人が相続する割合も定められており、これを法定相続分といいます。相続の割合は、相続人の順位によって異なり、配偶者がいるかいないかによっても、法定相続分が変わってきます。
配偶者がいる場合の法定相続分
同順位の血族が複数いる場合は、法定相続分を全員で均等に分配します。たとえば、法定相続人が配偶者と子どもで、子どもが3人いる場合は、相続財産全体の2分の1を3分割するので、子どもひとりあたりの取り分は、相続財産全体の6分の1になります。
血族が誰もおらず、配偶者しかいない場合は、配偶者がすべての遺産を相続します。反対に、配偶者がおらず、血族しかいない場合は、すべての遺産を同順位の血族の人で分けることになります。
ナツコさんとケンゴさんの間に子どもはなく、ケンゴさんの両親、姉はすでに他界しています。このケースでは、姪のワカナさんが血族相続人となるので、ワカナさんにはケンゴさんの遺産の4分の1を相続する権利が発生するのは、事実。これまで付き合いのなかった姪から突然、遺産を請求されたナツコさんの困惑はもっともなことですが、民法ではワカナさんの主張を認めざるを得ないのです。
「被相続人が遺言書を残していれば、原則的にその内容に沿って相続手続きが行われます。でも、遺言書がない場合は、遺産分割協議で相続財産の分け方を話し合って決めることになります。遺産分割協議は、法定相続人全員の合意が必要になるので、ナツコさんは、法定相続人であるワカナさんの主張を無視できません。このケースでも、ケンゴさんが遺言書を書き残していれば、ナツコさんは、ワカナさんからの請求を退けることができたのですが…」(福田さん)
ケンゴさんが、どのような遺言書を残していれば、ナツコさんは相続トラブルを避けられたのでしょうか? 後編では、効果的な遺言書の書き方を、近年の法改正による変更点と合わせて見ていきます。
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- TEXT :
- 早川幸子さん フリーランスライター