日本製「絹」の最高峰ブランド、「プラチナボーイ」をご存じだろうか。37年もの歳月をかけて作り出された現代最高の繭糸について、知っておきたい。

極上の「絹」が放つ高貴なオーラ、華やかさとともに尊ばれてきた、自然素材ならではの強靭さ。男たちを魅了する「絹」は、いつも特別な存在だ。この素材の持つ上質さは自明である。ならば、現代において「絹」でなければならぬ名品とは何か。素材の卓越性に着目して選び抜いた、華奢な糸が織りなす「絹」の世界をとくとご堪能あれ。

絶対的な艶を放つシルク糸は、その生産過程に秘密がある
世界最高峰のシルクは、オスの蚕がつくる繭から糸を紡いでいた!

 旅の道すがら、美味い地酒に出合うと、日本の物づくりの奥深さを感じる。その昔は、運送手段が発達していなかったので、地域ごとに造り酒屋があり、衣類や生活用品に使う繊維製品も全国各地で生産されていた。なかでも、絹糸の生産は明治時代に著しい発展を遂げ、日本製の品質のよさが世界に知られる契機となった。

世界中から引き合いがあり 日本の近代化を支えたシルク産業

 絹糸の生産技術は紀元前の中国で発祥して世界に広まると、各民族は世界中から引き合いがあり日本の近代化を支えたシルク産業独自の織物をつくって生活文化に生かした。

 日本では古代から絹糸の生産が始まり、着物文化の発展とともに歩んだ。江戸時代の末に開国して、外国との貿易が始まると、日本の商人は港に様々な商品を持ち込んで紹介する。外国の商人はその中から絹糸の品質のよさに注目すると、その評判は瞬く間に世界へと広がった。

稀少なプラチナボーイのシルクの反物に、古くから伝わる千鳥の伊勢型紙をつくるところから始め、染上げた逸品。左/藍田愛郎作『江戸小紋千鳥』¥630,000・右/江戸小紋をモダンに仕上げた逸品。菊地宏美作『江戸小紋七宝』¥526,000/仕立て上がり価格(銀座もとじ男のきもの)

 政権が明治政府へ代わると、急増する絹糸の輸出需要に対応するため、外国から機械式の製糸技術を導入する。製糸工場で働く女性は人海戦術の大量生産に貢献して、絹糸の産出量は明治時代の末に世界一位となり、日本の経済を支える基幹産業へと成長した。

 やがて、経済を取り巻く環境は二度の世界大戦を挟みながら変貌を遂げ、平成時代に入ると国内の着物や帯に使われる絹糸のほとんどが外国からの輸入品へと代わった。事態を予測した「大日本蚕糸会」は、値が張っても需要が見込める、日本独自の品質を持つ絹糸を開発するため、養蚕農家の意見を参考に、オスの蚕の存在に注目した。

日本独自の絹糸を生むためオスの蚕の糸が持つ光沢に注目

 オスの蚕は子供を産まないぶん、栄養をすべて糸づくりに使うことができ、メスに比べると口が小さいため細くて長くツヤのある糸をつくる。

  このため、オスの蚕がつくる繭から糸を紡げば高品質な糸がつくれると考えた。ところが、人間の手で蚕のオスメスをより分けることは困難であった。そこで、37年の歳月をかけて研究を重ねた結果、オスの蚕だけが卵からかえる特殊な蚕の品種改良に成功。『プラチナボーイ』と命名して、着物づくりのプロデュースを、「銀座もとじ」に依頼した。

 でき上がった着物は世界でも類を見ない光沢を放つ。元の繊維が長いので、紡いでできた糸は継ぎ目が少なく、繊維そのものの光沢が生きるからだ。滑らかな糸は織物の中で絡むことが少ないので、長時間着用してもシワになりにくく、美しいドレープは、着姿と所作に優雅な印象をもたらす。この着物を着て街を歩くと、道行く人から「着物を触らせてください」と声をかけられることもあるとか。

 着物の意匠は伝統物に固執することなく、現代の感覚でデザインした江戸小紋を、墨色で染めたものもある。シンプルゆえに、洋間でも合いそうな表情だ。『プラチナボーイ』の着物を着た男たちは、日本から世界に広がる、新たなシルクロードへ旅立つ。

いかがだろう、いったんは生産量の落ちた日本の絹が、いまや世界中から垂涎の的になっている。是非、この着物に袖を通してみてほしい。

※価格はすべて税抜です。※価格はすべて2016年夏号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
織田城司 ライター
BY :
MEN'S Precious2016年夏号「絹」名品の華奢な艶めきより
アパレルメーカーで店舗運営やなどを手がけた後に独立。現在ではファッションに関する歴史や文化について数多く執筆。ファッション誌や文化誌への寄稿が多い。
クレジット :
撮影/戸田嘉昭・小池紀行(パイルドライバー/静物) スタイリスト/石川英治(tablerockstudio) 文/織田城司