『森瑤子の帽子』書評--バブルを駆け抜けた女流作家の内面と本質とは?
女優・美村里江さんが、ノンフィクション本『森瑤子の帽子』を通じて作家・森瑤子さんの魅力を読み解きます
人を商品として売るとき、「本人そのまま」として売れることはまれだ。売り手は不要な点を隠し、少しのことを大きくふくらませ、素晴らしい商品だと風を送り続ける。
役者3年目のとき、私は社長へ直談判し、2年間休業した。自分に合った判断だったと思う。その一方で、人から期待された姿で燃焼しきった人々に強い興味と、憧れにも似た気持ちがある。
森瑤子さんがまさかそんな人だったとは知らなかった。20代前半に何作か読み、「華やかな世界の人なんだなぁ」と感じただけであった。
しかし、大きな帽子にモードな服、真っ赤な口紅に縁どられた笑み、というおなじみのスタイルを「似合っていなかった、あの人の本質は別」と関係者は口をそろえる。後輩作家・山田詠美さんの「要するに、森さんのすべてに肩パッドが入っていたんですね」というひと言が言い得て妙だ。
弟妹、三人の娘、編集者やデザイナー、秘書に精神科医。緻密なインタビューと豊富な抜粋群により、著者はさらに多方面から深く、森瑤子の素顔に迫っていく。
華やかな場で売れっ子作家として振る舞い、多くの著名人と交流。陰では熱心にメモをとった。高収入でも借金だらけの上げ底の生活はすべて小説のためだったが、まじめで不器用ゆえ、似た作品ばかりと揶揄もされた。自分の望んだ「森 瑤子」を演じる幸福は、続けるうちにだれの望みかわからない幻影になっていく。
英国人で日本語の森瑤子作品を読めなかった夫と、いちばん認めてほしい夫に自作を読んでもらえない妻。この寂しさの一致を自覚しつつ、病床でも書き続けた余命宣告からの数か月こそ、彼女そのままであった。
自分の表面(装い・振る舞い・人間関係)がどのように変化しても、周囲には本質が見えている。以前は怖かったはずのこの点が、大きな安心として胸に広がった。森瑤子作品をもう一度読んでみようと思う。
※本記事は2019年10月7日時点での情報です。
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- よねくらりょう
- EDIT :
- 本庄真穂