6月になると、福岡の街は何だかそわそわしてきます。博多祇園山笠の季節がやってくるからです。7月15日早朝の「追い山」に向けて1年間を待っていた博多の男衆が、祭りの正装である長法被を着て出かけるようになりました。その後ろ姿もうれしそうで、街もいよいよ夏を迎える準備が始まったという感じです。梅雨入りと合わせるように祭りに入り、クライマックスの「追い山」が終わると、見事に梅雨が明けて夏本番になる。博多祇園山笠は、夏を呼び込む打ち水のように潔い風物詩でもあるのです。

石堂橋 白つぐ「大将おすすめコース」
石堂橋 白つぐ「大将おすすめコース」

そんな季節が移りゆく様を肌で感じる界隈に静かに佇む和食店、それが「石堂橋 白つぐ」です。周囲は京都の風情さえ感じさせる多くの寺に囲まれた一画。博多祇園山笠の「追い山」コースにもあたり、路地を巡れば都心とは思えない緑豊かな風景に出会える、静かで魅力的な界隈です。今回は、伝統ある祭りを感じながらゆっくりと美味しいランチをいただくことにしましょう。

博多の祭りとともに

石堂橋 白つぐ
石堂橋 白つぐ

店の名前にある「石堂橋」とは街の東を流れる御笠川にかかる橋のこと。店は当初この橋の縁にあって、博多祇園山笠の「お汐井とり」という行事では橋を起点に山笠の男衆が動き出すため、店の前も壮観な眺めとなっていました。店主の白次亮一さんも山笠の文化に触れ、店を始める際は「こういう祭りがある界隈だからこそ季節の味わいをきちんと出していきたい」と想いを固めたそう。市場や産地に直接出向いて新鮮な食材を仕入れるのはオープンした10年前から変わることはありません。京都の名店『菊乃井』で修業、東京、オーストラリアの料理店を経て磨かれた感性は、地元に戻っていっそう料理の創作に活かされることになりました。体にやさしい食材でバランスの優れた一汁三菜、日本食の素晴らしさを伝えていくにも相応しい界隈で、四季を感じる和会席をかしこまらずに楽しめる1軒です。

繊細な料理に和む午後

石堂橋 白つぐ近くの風景
石堂橋 白つぐ近くの風景

『石堂橋 白つぐ』が店を構えるのは、1195年に日本で最初に開かれた禅寺である「聖福寺」の向かい。折角なので静かな寺町の路地を散策しながら向かうことに。寺を囲む趣ある塀や竹林、境内には整って静かな木漏れ日を描く緑の木々。長閑な景色を眺めつつ、店前の東町筋では山笠の男衆が勢い良く駆け抜ける姿を想像しながら店に到着です。昔の町割りの名残でしょう、間口の狭い入り口からは意外なくらい奥に広い店内。店奥の窓からは「東長寺」の五重塔も眺められます。

石堂橋 白つぐ入口
石堂橋 白つぐ入口

お昼のメニューの中から選びたいのは「大将おすすめコース」。素材の味を活かしたていねいな仕事がうれしい7品のコースは、先付、八寸、お椀、お造り、焼物、酢の物、ご飯、そしてデザートと飲み物。時間をかけて慌てずにいただきたいご褒美ランチです。

この日の先付は青梅の白ワインゼリー寄せ。熊本産の梅を炊き上げて酸味を抜いて爽やかに、ゼリーの清涼感が引き立つことで食欲をくすぐります。ビールを飲みながらいただいた前菜4種に続いて、ハモとじゅんさいのお椀。細かく手を入れたハモを葛打ちした一番出汁の優しいとろみが包みます。

そして玄界灘のヤリイカ、長崎産のコチやアジなど、お造りには日本酒を合わせました。広島県呉市の純米酒「宝剣」は、すっきりとした飲み口にコクがあって、続く焼物にも美味しいマリアージュに。

香ばしく焼き加減が絶妙な太刀魚は、塩焼きの上に、一夜干しした後に油で揚げた尻尾を添えた二重奏の味わいが絶品。

おいしさの興奮を酢の物で落ち着かせて、新生姜の炊き込みご飯と味噌汁でしっかりとお腹を満たします。最後のデザートは水羊羹とさくらんぼ、飲み物には煎茶を合わせて博多の風情を満喫するランチを堪能したのです。

石堂橋 白つぐ「大将おすすめコース」(¥4,000)
石堂橋 白つぐ「大将おすすめコース」(¥4,000)

「大将おすすめコース」より八寸の前菜4種。キスの昆布〆握り、いんげんの煮物、姫サザエ、キュウリのサラダ。キスは長崎・大村湾産。スダチを搾った香りも爽やか。7月に入ると山笠の参加者はキュウリを食べないしきたりがあるため、旬を迎えたキュウリを今のうちに。

石堂橋 白つぐ ハモとじゅんさいのお椀
石堂橋 白つぐ ハモとじゅんさいのお椀

ハモとじゅんさいのお椀。ハモの身のやわらかさをとろりと包む葛打ちの一番出汁。じゅんさいのつるりとした食感も心地よい。

石堂橋 白つぐ お造り
石堂橋 白つぐ お造り

お造り。新鮮なヤリイカは玄界灘産。小さく包丁を入れることで甘みが増します。初夏に旬を迎えるコチは長崎県産。肉厚ながら淡白な美味しさがたまりません。合わせた「宝剣」の酒器は、工房一石(いっこく)・石原稔久氏の作品。

石堂橋 白つぐ タチウオの焼き魚
石堂橋 白つぐ タチウオの焼き魚

太刀魚の塩焼き。身が厚い太刀魚をふっくらと。尻尾の部分を一夜干しして刻み、油で揚げて塩焼きに合わせ、タデ粉をまぶすという手の入れように笑みが止まりません。風味と味わいを増して二重奏のおいしさに。揚げたズッキーニをラタトューユのようにトマト味噌と合わせて。バランスを楽しむように交互に口に運べば、添えたタデおろしが口直しの役割になるのです。

石堂橋 白つぐ ご飯とお味噌汁
石堂橋 白つぐ ご飯とお味噌汁

ご飯は、新生姜の炊き込みご飯を炊きたてで。新生姜の風味をふわりと感じるあっさりした味付けに。味噌汁は若い熟成味噌を使うそうで、ほっと落ち着くいいお味です。

石堂橋 白つぐ デザート
石堂橋 白つぐ デザート

デザートは上品な味わいの水羊羹。新茶でつくられた煎茶を一緒に。テーブルの上での色合いがしっとり落ち着いてうれしくなります。

まちの歴史や文化も「食」の楽しみ

石堂橋 白つぐ近辺
石堂橋 白つぐ近辺

この辺りは食事後の余韻も楽しみたい素敵な界隈です。最後に少しだけ余談をひとつ。店のある一帯は古くから商人たちが栄えた「博多」と呼ばれる地域。また「福岡」とは関ヶ原の合戦後、博多の西側に黒田長政が築城してつくった城下町を呼んだもので、市制が始まる1889年に初めてふたつを含んだ広域を「福岡市」と呼ぶようになりました。

現在も市内の中心部、那珂川と御笠川に挟まれた地域を「博多」と呼び分けますが、それはエリアを指すよりも山笠に象徴される文化や市民の心意気、誇りある言葉として使うことが多いようです。

食事を通してまちの歴史や文化に触れたくなるのも大人の楽しみ。加えて博多祇園山笠は昨年、ユネスコの無形文化遺産にも認定されました。世界遺産となって初めての祭りを迎える今年は、私たちの心をいっそう賑やかにしているのです。さあ、祭りも食事も楽しむ今こそ、どうぞ福岡へ。

問い合わせ先

  • 石堂橋 白つぐ TEL : 092-400-3569
  • 営業時間/12:00〜15:00、17:00〜22:00
    定休日/月曜 席数/46席
    メニュー/お昼の御膳(定食)¥1,800〜、大将おすすめコース(7品)¥4,000、昼のコース(8品)¥6,000/スタンダードコース(8品)¥7,500、おすすめコース(9品)¥9,500、スペシャルコース(9品)¥12,000 、のんべえコース(7品)¥10,000 すべて税抜
    住所/福岡市博多区御供所町2-40
この記事の執筆者
TEXT :
鳥越 毅さん 編集家
2017.10.30 更新
熊本で情報誌の編集・制作に携わり、1990年に福岡へ。発展する街で人気タウン誌の編集・営業ディレクターなどを経て、2010年よりグルメマガジン「ソワニエ」制作チームとして福岡の「食」の魅力を発信中。2014年、『ふくおか手みやげ自慢』を発行。好きなもの:九州旅、路地散策、古民家、隠れ家、コーヒー、ウイスキー、日本酒、陶磁器、短距離走