コール・ポーターのヒット舞台ミュージカルの映画化
過去の映画ミュージカルをストリーミングで観直しながら細かい視点で楽しんでみようという企画の第3弾。第1弾『バンド・ワゴン』と第2弾『イースター・パレード』とは両作に出ていたフレッド・アステアつながりだったわけだが、今回の『キス・ミー・ケイト』(Kiss Me Kate)は、『イースター・パレード』に出演していたアン・ミラーつながり。同作で華麗なタップを披露してみせたミラーは、今作ではそれ以上の活躍を見せる。と言うのも、主演女優のキャスリン・グレイソンが、ジュディ・ガーランドと違って“歌だけ”の人なので、ダンス・シーンのほとんどがミラーに回ってきているのだ。
だから、ある意味、『キス・ミー・ケイト』はアン・ミラーの映画と言ってもいいのだが、本当に“おいしいところ”は、彼女と一緒に踊る3人の男性ダンサー陣にある。その1人がボブ・フォッシーなわけだが、その前に映画の概略を。
公開は1953年。『バンド・ワゴン』と同じ年だが、日本では当時未公開(3D映画として撮られていたせいか)。製作ジャック・カミングス、監督ジョージ・シドニー、主演は前述のキャスリン・グレイソンとハワード・キール。元は1948年のコール・ポーター楽曲による同名ブロードウェイ・ミュージカル(細かく言うと、舞台版の原題には「Me」の後に「,」があるが映画版にはない)。TVの普及を脅威に感じて、映画界が画面の大型化や舞台のヒット作に頼り始めた時期の作品。映画全体として評価すると、『バンド・ワゴン』や『イースター・パレード』より劣る。……が、ボブ・フォッシーが出ていることでミュージカル映画史に名を残した、というのが今回の眼目。
振付家ボブ・フォッシー誕生までの回り道
映画『キス・ミー・ケイト』に価値があるのは、ノン・クレジットながら、後に演出家・振付家として名を成すボブ・フォッシーの“初振付”を記録した作品だからだ。そのシーンは終盤に出てくるナンバー「From This Moment On」の中にあり、後に“48秒のフォッシーとヘイニーのダンス”と呼ばれる。ナンバーの後半で3組の男女が順にペアで踊るのだが、3組目がボブ・フォッシーとキャロル・ヘイニー。その独特の動きには、すでに『シカゴ』の香りが強く漂い印象に残る。そこはぜひとも現物に当たっていただくとして、ここでは、そのダンスがフォッシーの転換点だったということを、前後の経緯から説明してみたい。
ヴォードヴィル畑から出てきたフォッシーは、1950年にブロードウェイに進出。1952年のリヴァイヴァル版『パル・ジョーイ』では主役のアンダースタディ(交代要員)の座を得る。スターまであと一歩、というところでハリウッドから声がかかる。で、出演するのが『キス・ミー・ケイト』。振付はアステア映画で知られるハーミズ・パンだったが、前述の「From This Moment On」後半の振付をパンは出演者たちに任せる。そこで生まれたのが“48秒のフォッシーとヘイニーのダンス”。それを観てフォッシーを振付家としてブロードウェイに呼び戻したのが、演出家として『パジャマ・ゲーム』を準備中だったジョージ・アボットとジェローム・ロビンズ。舞台→映画→舞台という回り道を経て振付家ボブ・フォッシーが本格的に誕生。同作品でトニー賞振付賞を獲得することになる。ちなみに、ダンス・パートナーだったキャロル・ヘイニーも出演。ミュージカル史上名高い「Steam Heat」を踊ってトニー賞助演女優賞に輝いている。
ソフトで観ることのできるフォッシー関連映像情報
最後に、映画『キス・ミー・ケイト』に出ていた3人の男性ダンサー陣の残り2人について簡単に触れながら、ボブ・フォッシー関連の映像ソフトを紹介しておく。
アン・ミラーの相手役として芝居部分も多いのがトミー・ロール。序盤の劇場屋上でのミラーとの長いデュオ・ダンスは見応えがある。1940年代にハリウッド入りした人で、クラシック・バレエを基礎にアクロバティックなヴォードヴィルの動きやタップもこなす。再びフォッシーと共演しているのが1955年のコロンビア映画『My Sister Eileen』(日本未公開)だ。もう1人のボビー・ヴァンはヴォードヴィル芸人の両親の下で育った。フォッシー同様1950年にブロードウェイ・デビューした後、MGMの映画に出始めている。『キス・ミー・ケイト』と同じ年公開の『やんちゃ学生』(The Affairs Of Dobie Gillis)でもフォッシーと共演。ヴァンは主演デビー・レイノルズの相手役を務めている。
フォッシーの映画出演作は他に4本。やはり1953年公開の『Give A Girl A Break』(日本未公開)、振付もした1958年の『くたばれ!ヤンキース』(Damn Yankees)、飛んで1974年の『星の王子さま』 (The Little Prince)、1977年の『Thieves』(日本未公開)。
1955年『My Sister Eileen』までの諸作は、助演とはいえフォッシーの出番は多く、ダンス・シーンも一見の価値あり。『くたばれ!ヤンキース』では出演者としてのクレジットはないものの、妻グエン・ヴァードンとデュオで踊る。これは必見。『星の王子さま』も1シーンながら自分で振り付けた蛇の踊りを見せる。『Thieves』はカメオ出演。
出演していないがフォッシー振付のダンスが観られる映画は、前述舞台『パジャマ・ゲーム』の映画化版、『スウィート・チャリティ』(Sweet Charity)、『キャバレー』(Cabaret)、『オール・ザット・ジャズ』(All That Jazz)。フォッシー振付を集大成したブロードウェイ・ミュージカル『フォッシー』(Fosse)も映像化されている。昨年アメリカで作られたフォッシー&ヴァードン夫妻が主人公のTVドラマ『Fosse/Verdon』も、いずれ字幕付きで公開されるはず。楽しみだ。
キス・ミー・ケイト字幕版
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- TEXT :
- 水口正裕 ミュージカル研究家
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」