キャリアアップのためには「続ける」という選択肢を選ぶこと
外資系金融機関の中でも有名な「ゴールドマン・サックス」。世界で約38,000人が働くこの会社で、MD(マネージング・ディレクター)として活躍している日本人女性がいます。その名は別宮裕美子さん(41歳)。
MDは日本企業では部長クラスに相当します。
現在、N.Y.本社に勤務する別宮裕美子さんに、仕事のやりがいや、キャリアアップのコツ、会社のダイバーシティ、チームワークのコツなどについてお伺いしました。キャリアアップを目指す女性の参考になる目から鱗なお話ばかりでしたので、じっくりお楽しみください!
■クオンツビジネスとは欧米発祥の金融商品取引の手法
株式取引の「クオンツビジネス」のアジアヘッドとして活躍中
――現在のポジションと業務内容をおしえてください。
転職当時の所属はゴールドマン・サックスの日本法人でしたが、現在は期間限定でN.Y.本社で働いていて、日本を含むアジアのクオンツビジネスのヘッドをしています。
――クオンツビジネスとは何ですか?
クオンツとは英語のクオンティテイティヴ(定量的)の略です。
定量分析を基本として運用を行うヘッジファンド等のお客様と一緒にお仕事をさせていただいています。
人が投資判断を行うのではなく、コンピューターを利用し、統計学上理論やデータ分析、Machine Learnig(機械学習)等をもとに投資判断がされます。
欧米が発祥の地になりますが、現在では日本やアジアでもクオンツ投資戦略は幅広く活用されています。
――現在、N.Y.にいらっしゃる理由は?
欧米のクオンツのお客様とのリレーションシップを築き、プロダクト開発をするために、期間限定でN.Y.に来ています。
欧米を中心としたクオンツのお客様と仕事をしてきたのですが、そのお客様と「より近くで仕事ができるように」現在はN.Y.にいます。20年以上前からこのようなクオンツ戦略を取り入れいてるお客様もいらっしゃいますし、最近になって、新しいクオンツのヘッジファンドを立ち上げるお客様もいらっしゃいます。
■ダイバーシティの取り組みが進んでいる
「ダイバーシティ」(多様な人材の活用)が最も進んでいた会社ということが、選択理由のひとつ
――転職の際、なぜゴールドマン・サックスを選択されたのでしょうか?
転機が訪れたときに、積極的に声をかけてくれたゴールドマン・サックスに転職することに決めました。前職での私の仕事を評価して声をかけてくださったそうで、私の方は「ダイバーシティに従来から力を入れているこの会社で働いてみたい」というのが、最終的な決断の決め手となりました。
――実際、入社してみてどう思いましたか?
期待通りで、ダイバーシティの取り組みが素晴らしいと思いました。
ゴールドマン・サックスの日本法人には、キャシー・松井さんという、副会長兼チーフ日本株ストラテジストがいらっしゃいます。
私が若いころから憧れていた方で、入社しばらくして彼女のプレゼンテーションを見る機会に恵まれたり、他にも活躍している多くの女性に出会い、貴重な話し合いができる場があったりしました。
ダイバーシティのさまざまな取り組みを学ぶことが一番の目的だったので、とても貴重な経験をさせてもらっています。
――女性の活躍の幅が広いということでしょうか?
広いと思います。ここ数年、日本で言われている「アベノミクス」という言葉よりずっと前、1999年に、ウーマン(女性)とエコノミクス(経済)とつなげた造語「ウーマノミクス(女性による経済活性化)」のアイディアを、キャシー・松井さんが提唱されました。
ウーマノミクスは、日本政府の成長戦略の柱のひとつである「女性活躍推進」にもつながっています。
高齢化が進む日本で経済を活性化させるためには「人口の半分を占める女性の活躍が必要」と、20年前からその活動に取り組み、2019年、ウーマノミクスは20周年の節目を迎えました。ウーマノミクスの最初のレポートが出てから20年、「変わったこと、変わらなかったこと」をまとめた「ウーマノミクス5.0」をキャシー・松井さんが発表しました。
社内外で精力的にダイバーシティを推進している、キャシー・松井さんのような方がいるという事自体に、勇気をもらっている社内の女性は沢山いると思います。生き生きと仕事をしている女性がさらに増える、そういった点からも、女性活躍の幅は広いなと感じています。
――女性が昇進しやすいのでしょうか?
外資企業なので、メリトクラシー(実力主義・結果主義)ですから、女性だから昇進しやすいという事ではありません。ただ、ゴールドマン・サックスでは、女性をはじめとする多様な人材の活躍や昇進、中途採用を積極的に推進していると感じています。
注目しているのは、中間管理職以上の女性比率の向上
――現在、御社の男女比はどのくらいでしょうか?
新卒採用は、男女比が50:50と聞いています。専任のダイバーシティ戦略コンサルタントとパートナーシップを組む等、社内外でさまざまな取り組みを積み重ねた結果、現在では日本法人グローバル・マーケッツ部門で女性が産休、育休から戻る率はほぼ100%になっています。
入社当時、この統計を聞き、あらためてこのような環境づくりに貢献したいと思いました。
現在、グローバル・マーケッツ部門で注目しているのは中間管理職以上の女性比率です。業界のアジア全体のトレンドを、外部のコンサルタント会社に調査依頼した結果、「退職した社員の空席を埋めるときに、男性を採用することが多い」というデータが明らかになりました。
ですので、現在は中途採用のときに、「女性の候補者もきちんと検討したか、多様なルートを使って探してみたか」と必ず聞かれ、業界の盲点を積極的に克服しようという動きがあります。
男女公平だけはない、LGBTに理解が深い会社でもある
――ダイバーシティだと思う理由は、他にもありますか?
弊社のダイバーシティの取り組みは、女性活躍だけに限りません。ゴールドマン・サックスでは、カミングアウトしているLGBTの社員が大勢います。
ロンドンにいるトランスジェンダーの同僚は、authenticity(自分らしくあること)を推進していて、その日の気分で服装を変えています。「今日は女性の気分だから」と言ってゴージャスな感じ、「今日は男の気分だから」とカジュアルだったりするんですよ。生き生きと自分らしくミーティングに出席し、積極的に発言している姿を見ていると、こちらまで勇気をもらえます。
さまざまな人の個性、人間性、能力が尊重される環境です。
最近海外の大学でも増えてきていますが、ロンドンのオフィスの建て替えがあった際、ジェンダーニュートラルのお手洗いが設置されました。男性用、女性用以外に、「ジェンダーニュートラル用」。
色々な人が受け入れられための努力を惜しまない。多様な人材が生き生きと仕事ができる鍵は、みんなウェルカムというインクルージョンの推進をしているところにあるのだと思います。
ーーどの国でも同じような取り組みをしているのですか?
ロンドンやN.Y.だけでなく、アジア、日本でもLGBTネットワークがあり、プライドパレードに参加するなどして、LGBTに対する啓もう活動を行っています。
日本法人でも毎年11月に「ピンク・フライデー」という日を設けていて、LGBTへのサポートを表明する目的で、社員がピンクのシャツやネクタイ、Tシャツを着ます。
生真面目な営業担当とかでも、ピシッとピンクのシャツを着て出社したりして、トレーディングフロアで初めてその姿を見た時はびっくりしました。社員がみんな多様性のある環境づくりに貢献する、という姿勢に感銘を受けました。
■チームリーダーに必要なのは「コミュニケーション」
日本、香港、オーストラリア、インドのチームを、3名のMDが共同で統括
――現在は何名を管理していますか?
N.Y.にいる間は、現地のチームリーダーに業務を任せていますが、日本にいるときの直属では、日本で7名、香港で2名です。弊社は結構フラットな組織で、他のMDと共同でアジア全体のチーム統括をしています。
アジアの担当チームを統括をしているMDは、私を含めて3人。アジア全体の電子取引とクオンツの部署、そして日本は私が担当し、他の2人は、香港、オーストラリア、インドの電子取引のチーム統括をしています。
――チームリーダーに大切なことはなんでしょう?
コミュニケーションをまめに取ることだと思います。
今の会社に転職したとき、チームメンバーが産休・育休入ったのですが、その間は2週間に1度、アップデートするための電話会議をしていました。
「最近のビジネスはこのように動いています」「こういった部分に力をいれていますよ」「こんな人が入社してきました」など、手短にまとめて電話でアップデートしていました。
もちろん、先方が子育てで忙しいときはキャンセルしてもらってもよいのですが、キャンセルされることなく、定期的に情報のアップデートを続けることができました。
戻ってきた時に、よりギャップがない形で、気持ちよく復帰してもらえるよう動きました。ちょっとしたことで、産休明けの女性の働きやすさや、頑張ろうという気持ちが変わると思います。優秀な人材を長期的に維持するために、コミュニケーションはとても大切です。。
優秀な方は「色々な人と積極的にコミュニケーションをとっている姿」が印象的です。人と人とのビジネスにおいて、コミュニケーションはとても大切なことなのだなと、改めて感じています。
会社が変われば、リーダーとしてのスタイルも変わる
――会社が変わったことで、別宮さんのリーダーとしてのスタイルも変わりましたか?
転職の際、一番心がけたのは、「この会社ではどうやっているのか」、「この会社では何が重要視されているのか」を学ぶことでした。多く人の話を聞いて、この会社のカルチャーをできるだけ理解することを心がけ、少しずつ変えていきました。
現在N.Y.に来てからは、日本法人から来ているという立場を生かして、日本やアジアの社員とN.Yの社員を繋げたりしています。
アジアでやっていることをN.Y.の人たちに知ってもらうために、「アジアのこの人がこういうレポート書いたから、次は共同でUSも書いてみませんか?」とか、逆に「N.Y.ではこういうことが行われているから、アジアではこのような形で進めるのはどうでしょうか?」などと、促すようになりました。
■キャリアアップのコツとは?
20年続けてきたから、今見ている景色がある
――ご自身のキャリアチェンジを、ご自身でどう捉えていますか?
職種は変えていないので、キャリアチェンジという感覚はありませんが、20年続けてきたから、今見える景色があります。
転職後この3年間は、よりこの会社について学びました。この会社におけるカルチャー(文化)、デシジョンメイキング(意思決定)の仕方など。
最初の2年間は日本、1年間はN.Y.と、それぞれの役割や責任、環境が少しずつが変わりました。特にこのN.Y.での1年間は、特訓みたいな気持ちで、思いつくことはできるだけ行動に移しました。
あっという間に、フルサイクルで3年が経ちましたが、これまでの経験と周りにいる人たちからのアドバイスを元に、これからも柔軟にやっていきたいですね。
仕事のスキルには、ハードスキルとソフトスキルがあると思うのですが、両方大切だと考えています。若いころはハードスキルばかりにフォーカスしていましたが、私の場合、転職後の3年間は、ソフトスキルの部分を勉強し直す貴重な3年間になりました。
――もうすぐ期間限定の1年が経つとのことですが、日本に戻るのですが?
コロナウィルスの関係もあり、上司と相談中ですが、少し延びると思います。
現在ペースアップしているクオンツビジネスの仕事が、こちらにいることで、より早く進めることができるんです。
お客様が使いやすいプロダクトを、テクノロジーの人たちと作る仕事をしているのですが、去年は中国向けの商品を作り終えました。今年は韓国、台湾、香港向けを作ろうとしています。アメリカにいると、グローバルな基準で商品開発ができるので、もう少しN.Y.で仕事をする予定です。
若いころから一緒に仕事をしてきたお客様が成長されている中、「何かこれから一緒にできないか?」という提案を出したりして、ビジネス新規開拓にも取り組んでいます。
――お話を聞いていると、理想的なキャリアですよね。
恵まれていますよね。決して順調だったわけではなく、みなさんと同じように試行錯誤を繰り返し、失敗をしても「続ける」という選択をしてきました。
そして、転機が来た時に、ゴールドマン・サックスとの縁がつながりました。
新卒当初、外資系金融で唯一託児所を設けていたのが、ゴールドマン・サックスで、「そういう事を先駆けて行っている」という事が印象が昔からあったのですが、入社後、実際に託児所設立に携わった方々のお話が聞けて、興味深かったですね。
今回の転職では、需要と供給とタイミングがマッチしたのだと思います。私が長年に渡り、電子取引及びクオンツに携わっていたので、会社がたまたま私の名前を知っていてくれて。私からしても、若いころから憧れていたキャシー・松井さんをはじめとした、企業としてのダイバーシティの取り組みを見ていたので、ご縁を感じて決断しました。
女性でキャリアアップのポイントはデフォルトで「続けること」
――この19年間、ご本人の実力だと思うのですが、仕事で結果をだすコツは何でしょう?
コツというか、女性特有で、もしポイントがあるとしたら、それは「続けること」だと思います。他の選択肢が多い中でデフォルトは「続けること」に設定することです。続けていると、色々な事が見えてきますし、チャンスも巡ってきます。
男性は「続けること」しか選択肢がないことがほとんどだと思うのですが、女性は結婚、出産などで、やめる選択肢もあるのだと思います。私は結婚していないのですが、同僚やチームメイトには、「もし悩んでいるならデフォルトで続けていくのはどう?」と応援をしています。
■大切にしていることと、今後の目標と座右の銘
仕事をしていく上で、大切にしていることは「ガッツフィール」
――仕事をしていく上で大切にしていることは何ですか?
gut feeling、ガッツフィールです。日本語に訳すなら「直感」でしょうか。gut feelingを信じてやってきています。
例えば「この仕事は大事」と思えたら、他の人が何と言おうと、自分が納得いくまでは作りこんでいく、ひたすら作り上げる、妥協しない。「この人、あるいはこのビジネスは絶対に伸びる」と思ったら、その直感を信じて一生懸命サポートする、というようなことを大切にしています。
――何かそう思うきっかけがあったのでしょうか?
2008年の金融危機はさまざまな事が変わっていった時代でしたが、「この同僚とは必ずいい道を一緒に切り開ける」と感じた時は、そこにフォーカスして一生懸命やりました。
自分のフィーリングや直感を大切にしていると、チャンスがきたその時にその貴重さをより早く見極められるような気がします。
今後の課題は、ギブバックすることや働く環境を整えること
――今後の別宮さんの課題は何でしょう?
数年前からギブバック(返す)のフェーズに入ったと思っています。新卒からの10数年はテイクイン(受け取る)のフェーズ、お客様や会社の方々にお世話になって成長させてもらいました。
自分が若かったころに、言ってもらいたかったこと、してもらいたかったこと、提案されて嬉しかった事などを、今の立場にいるからこそ積極的にやっていくことがテーマです。N.Y.では、産休・育休から帰ってきた人を連れ出して、ウェルカムバックランチをしたりしています。。
今の会社に引き入れてくれた上司や同僚たちにも、「採用して良かった」と言ってもらえるよう、思いつく限りギブバックしていきたいですね。
チームワーク、ギブバック、働く環境を整える、そういうことが今の自分がやるべきことだと考えながら動いています。
座右の銘は3つ、家族や上司から言われた言葉を大切にしている
――座右の銘を教えてください。
座右の銘と言うか、今、大きく3つ胸に刻んでいる言葉があります。
■1:‘what got you here will not get you there’
入社当時に、今の会社のアジアco-presidentに言われた言葉で、「ここに至るまでの成果は一区切りおいて、次のステップに行くには新たなスキルを身につけなければいけない」と言う意味です。キャリアの転換期を迎えていた当時の私にとても適したもので、今も大切にしている言葉です。
■2:「チャンスの神様は前髪しかない」
古い日本の諺のようです。私が小さい頃、祖母が言っているのを聞いて、衝撃を受けたのを覚えています。「チャンスが来たそのときに、きちんとそれを掴まなければいけない」ということですね、これは、キャリアも人生においてもです。
転換期は誰にでもあると思うのですが、その時にちゃんとチャンスを掴めるかどうかが大切だと思います。
■3:「周りを幸せにできる人」である
「周りの人を悲しませてはいけない」と、小さい頃からよく両親に言われて育ちました。
そこから発展して、本物の成功者は会社でもプライベートでも、「周りを幸せに出来る人」というのが私の軸になっています。競争率が高いエネルギッシュな外資金融の世界ですが、この言葉を軸にここまで来ることが出来ました。
――最後に、今後の目標を教えてください。
ゴールドマン・サックスに入社してこの3年間で、歴史的場面を何度か目にしました。例えば、ゴールドマン・サックスのCEOを長く務めた、ロイド・ブランクファイン氏の退職。会社の会議室で同僚や上司と、日本時間夜にその発表の生中継を見たことはとても印象的です。
デービッド・ソロモンが新しくCEOに着任してから、ゴールドマン・サックスのカルチャーやリーダーシップが変わってきています。この会社が変化を遂げている瞬間に、ほんの少しでも携わっていきたい。
そのためには、まず、今手掛けているビジネスで成果を上げること、そして、常にリニューアルされていくゴールドマン・サックスのカルチャーの部分においても、貢献していきたいと考えています。
※
以上、ゴールドマン・サックスでご活躍の、別宮裕美子さんにお話をお伺いしました。
N.Y.に駐在中ということで、zoomを使ってのインタビューでしたが、笑顔を絶やさず、オープンマインドで、ご家族の教えである「周りを幸せにできるような人間を目指すこと」をそのまま体現されているような、素敵な女性でいらっしゃいました。
順調なキャリアアップの秘訣は、「続けること」だけが理由ではなく、彼女の心の豊かさにあるのだなと感じました。
別宮裕美子さん、この度はお話をお伺いできて光栄でした。別宮さんの益々のご活躍をお祈りしております。
- TEXT :
- 岡山由紀子さん エディター・ライター
公式サイト:OKAYAMAYUKIKO.COM