こんな85歳、見たことない!この初春にインタビューしたイタリアファッションの巨匠、フランコ・ミヌッチさんに対する、偽らざる印象である。イタリアの若者たちについて嘆いたかと思えば、商品サンプルに厳しく注文をつけたり、とにかく片時も休まず、手や口を動かしている。むしろ4年前に会ったときよりも、ずっと生き生きして見える。

さらなる成熟を遂げたミヌッチスタイル

名店「タイ ユア タイ」を創業したフィレンツェの伝説的伊達男

フランコ・ミヌッチ/1935年ローマ生まれ。1984年にセレクトショップ「タイ ユア タイ」をフィレンツェでオープン。その今までにないエレガントなネクタイと、洗練されたワードローブは、日本でも高い人気を誇る。近年はショップをクローズしていたが、この春再起動。東京・元麻布に新しいショップをオープンさせ、そこに並べる商品の開発に勤しむ。
フランコ・ミヌッチ/1935年ローマ生まれ。1984年にセレクトショップ「タイ ユア タイ」をフィレンツェでオープン。その今までにないエレガントなネクタイと、洗練されたワードローブは、日本でも高い人気を誇る。近年はショップをクローズしていたが、この春再起動。東京・元麻布に新しいショップをオープンさせ、そこに並べる商品の開発に勤しむ。

その若々しさの秘密は、自身が手塩にかけて育てたブランドタイ ユア タイが、再び東京にショップを構えること。そして、そこに並べる商品のディレクションを自らが手がけることへの、うれしさや責任感、そしてやり甲斐から来るに違いない。やはりフランコ・ミヌッチとタイ ユア タイは不可分の存在なのだ。

もちろんエレガントで力の抜けた「ミヌッチスタイル」も健在だ。カシミアのジャケットを颯爽とはおり、いちばん上のボタンを留め、ネクタイを無造作に締める。そしていまだに足元には、レザーソールのスエードスリッポンをはいている。「私は美しいと思えないようなものは絶対に着たくないからね」と事も無げに言うが、いざ行うは難し。彼の半分の年齢である私たちさえ、ついついラフな装いをしがちなのだから。

そんな彼の「美」へのこだわりは、洋服だけではなく、まるでショールームのように整頓された、美しい自宅にも貫かれていた。ああ、どうすればあなたのように、エレガントに生きられるんですか?「私は朝起きてから寝るまで、ルーティンに沿った生活を心がけています。毎朝ヒゲを剃って、ネクタイを締める。そして石鹼だろうがネクタイだろうが、使ったものは元に戻す。子供の頃から同じですよ」

聞けば彼のルーティンへのこだわりは、年季がはいっている。毎朝乗るバス。立ち寄るカフェ。購入する花。決まった新聞を買う売店。ディナーをいただくレストラン……。なんとそれらは、数十年間まったく変えていないという。そんな生活から生まれる心の余裕が、彼の優雅な振る舞いや装いの源なのだろう。

「私にスタイルがあるかどうかはわかりませんが、あえて定義するなら美しさ、清潔感が何より大切です。そしてよい着こなしとは、決して高いものを身につけることではなく、自分が好きなものを、その日の気分できれいに着こなすことです」

しかし私たちのような凡人には、その自分らしい装いこそが難しい。何かヒントのようなものはないだろうか?「具体的に言うなら、軽さとやわらかさはエレガントに装う上でとても大切な要素です。私のカシミアジャケットのように、どこにも硬さを感じさせないものがよいでしょう。えっ、そんなやわらかなジャケットに合うネクタイ?

もちろんそれはタイ ユア タイの『セッテピエゲ』でしょう。最近はまがい物も多く出回っていますが」『セッテピエゲ』。

七つ折りを意味するこのネクタイは、タイ ユア タイというブランドを象徴する名品である。それはバイアス状にカットしたネクタイ生地を、文字どおり7回折りたたんで一本のネクタイにしたもので、そのスカーフのように美しいドレープ感こそが、「ミヌッチスタイル」の核となっている。

「といっても私が発明したわけではありません。コモの生地屋を訪れたときに、片隅に投げ捨ててあった古いネクタイが、偶然七つ折りされたものだったのです。確かその持ち主はアメリカ人だったそうですが。私はそれを持ち帰り、研究しました。そして自社工場を設立し、職人の手縫いによって表現することで、よりエレガントなものへとアップデートさせたのです。手間がかかるので、どうしても高額なものにはなりますが……。これが現代における『セッテピエゲ』のはじまりなんです」

『セッテピエゲ』が秘めたクラフツマンシップ

キャプション左
長いつきあいだというフィレンツェを代表するサルトとミーティング。洋服に対する情熱と凄まじいこだわりは、いささかも衰えてはいない。
キャプション右
ジャケットの上ボタンを留める、ミヌッチスタイルはいまだ健在。現在は夫人とふたり暮らしだというが、ほこりひとつ落ちていない美しい自宅からは、その几帳面な性格がうかがえる。

驚きの新事実ではあるが、彼の言うとおりタイ ユア タイのそれは別格。イタリアの高度なクラフツマンシップをもとにつくられる、いわば工芸品なのである。

現在そのネクタイを手がける小さな工房が、北イタリアのコモ湖周辺にある。ここでは様々なタイプのネクタイをつくっているが、そのオーナー曰く、中でもタイ ユア タイの『セッテピエゲ』が最も手間ひまがかかるという。

「高級な生地を大量に必要とする『セッテピエゲ』のネクタイは、戦前に流行ったもの。戦後に大量生産の時代が訪れるとともに、姿を消してしまいました。私の母の時代は、ミラノにひとりだけ五つ折りをできる職人がいたようですが……。

ともあれ現代の『セッテピエゲ』は、フランコ・ミヌッチさんが復活させたものなんですよ」と、彼は『セッテピエゲ』の歴史を語ってくれた。

ただ「七つ折り」とだけ聞くと簡単そうに思えるが、その製法には「芯入りネクタイを10年くらいつくってからでないと形にできない」というほどに、高度な職人技が必要となる。

タイプの違う生地や糸の特性を手先で理解しながら、型紙に沿って生地の形を整え、バランスよく折り込んでいくのだが、その型紙は固定ができないため、職人の勘が頼り。ふわりとした立体的なやわらかさを表現するためには、手でひと針ずつ縫うことも大切である。

また、生地のナチュラルな風合いを楽しむネクタイとあって、アイロンは一切かけてはならない。なんと裁断の後と仕上げの際には、生地の上に厚紙の束を数日置いて、形を整えるのだとか……!

一見無造作で何気ない雰囲気を持ち味とする『セッテピエゲ』が、これほどまでに手間と暇をかけてつくられているとは思いもしなかった。エレガントな装いとは、その背景に大いなるクラフツマンシップを宿しているものなのだ。「かつて海外では、私の『セッテピエゲ』を理解できる顧客は多くありませんでした。

しかし日本のお客さんだけは、その価値を理解してくれた。男たちのファッションはすっかりカジュアルに変わってしまいましたが、日本のバイヤーたちの装いを見ていると、この国にはまだクラシックな装いが残っているような気がします」と、ミヌッチさんがわが国に寄せる思い入れは本物だ。

現在、年齢を感じさせぬバイタリティで、ネクタイに続く新たなる名品を開発しているミヌッチさん。彼の分身ともいえるワードローブと、東京のショップで会える日が楽しみでならない。

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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2020年春号より
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