6月のある暑い朝、フィレンツェで開催中のピッティ・ウオモの会場を歩いている時に携帯電話が鳴った。

それは見慣れぬ北イタリアの電話番号だったのだが、ふと思い出して電話に出るとやはり「オステリア・フランチェスカーナ」予約担当マネージャー、リッカルドからだった。

2ケ月前から席がとれないか打診しており「シェフと相談してなんとかいたします!!」とはいわれていたものの半ば諦めかけていた矢先の電話だったのだ。

するとリッカルドが「明日のランチに席が取れましたけどいかがいたしますか?」というではないか。

もちろん2つ返事で翌日のモデナ行きを決めた。なにせ現在世界で最も予約がとりにくいレストランから直々に電話があったのだから。

モデナ旧市街にひっそりと佇む「オステリア・フランチェスカーナ」のエントランス。いわゆるグラン・メゾンのスタイルではなく、コンテンポラリーかつミニマルなのがこの店のスタイルだ。

モデナにある「オステリア・フランチェスカーナ」はわずか28席しかないコンパクトなレストランだが、シェフ、マッシモ・ボットゥーラはミシュラン3つ星、エスプレッソ誌史上初の20点満点、ガンベロ・ロッソ誌の3本フォーク、世界ベスト・レストラン50世界一など、考えうる全てのタイトルをとった、イタリア史上初めて世界の頂点に立った料理人である。

2015年「オステリア・フランチェスカーナ」でインタビューした際のマッシモ・ボットゥーラ。この時点ではまだ世界2位だったが、すでに翌年の栄誉を予感させるオーラを醸し出していた。

ボットゥーラの料理はモデナが位置する地元エミリア地方の食材や伝統料理をベースに、本人いわく「一度古いレシピをぶち壊し、批判的眼差しで見つめ直して再構築」するスタイルである。

オリジナルの料理が分からなければその意味が分からないという本歌取りのような難解さはあるが、幸運にも予約がとれたなら十分に下調べしてから出かければ、世界一のレストランで過ごす時間は2倍も3倍も濃密になるはずだ。

この日選んだメニューは9皿からなるテイスティング・コース「フェスティーナ・レンテ(ゆるやかな祝祭日)」220ユーロ。

その中からいくつか代表的な料理を紹介したい。

Un ricordo di panino con mortadella
モルタデッラのパニーノの思い出

ボローニャ・ハムとも呼ばれるモルタデッラを薄切りにして挟んだパニーノは、イタリア人のおやつの定番で、日本でいえばおにぎりに相当するだろうか。

これはパニーノを分解してテクスチャーを変えた再構築料理。モルタデッラのエキスのみを抽出したムースは口中で雪のように溶け、添えられたブリオッシュを一口食べて目を閉じればイタリア人が落涙する懐かしの味が蘇る。郷愁、伝統、革新、さらにユーモアまでも詰め込んでいる。

モルタデッラを「スプーマ」にする手法は、ボットゥーラが当時スペインにあった名店「エル・ブジ」で働いていた2000年に開発した。地元エミリア・ロマーニャ州の食材を使った新たなアプローチは、一躍「オステリア・フランチェスカーナ」の代名詞的存在となる。

Un’Anguilla che risale il Po
ポー川をさかのぼるウナギ

エミリア・ロマーニャ州を横断するポー川下流域は中世の頃からウナギの産地として名高く、地元貴族エステ家にとってはポー川の通行税と並ぶ重要な財源となっていたほどだ。

ボットゥーラは流れに逆らって川をのぼるウナギを、自らになぞらえた。それは、一時期あまりに革新的すぎて「イタリア料理の破壊者」と呼ばれていたことに由来する。

真空調理でウナギに柔らかく火を通し、地元のワインを煮詰めたサバと呼ばれるソースを繰り返し塗ってあぶる。そう、これは日本人にとっては懐かしい味、モデナ風蒲焼きなのだ。

おもわず漏れる溜息とともに野リンゴのソースの酸味が口中の脂を奇麗に洗い流し、また次の料理へと新たな気分で向わせてくれる。

余分な装飾は極力排除した男性的かつ力強い料理。伝統料理の基本を見直し最先端の技術を用いるのがボットゥーラの真骨頂。伝統的には脂っぽく、大味だったウナギ料理を真空調理で繊細かつ上品な調理へと昇華させた。

Riso grigio e nero
リゾ・グリージョ・エ・ネロ

ボットゥーラは厨房でもプライベートでも、足下はつねにグレーのニューバランス990。かつてアンディ・ウォ

ミシュラン3つ星、というとデコラティブな料理をイメージするかもしれないが、「オステリア・フランチェスカーナ」の料理は本質のみを切り取り、感情に訴えかけてくる。しかしその背後には想像もつかないほどの手間がかかっていることは、わずか28席のレストランなのに厨房には常時40人以上の料理人が働いていることで自ずと理解できる。

ーホルが好んで履いていたことに影響を受けたといわれるが、この料理はそんな彼の世界観を料理に表現した究極のリゾット。

牡蛎のエマルジョンを使ってグレーのリゾットにしあげ、中央にはキャビアで黒い円を描く。

時にはイカスミから作った黒いリゾットが隠れていることもある。色彩を極力排除したミニマリズムの進化形、濃縮された牡蛎のエキスとキャビアのほのかな塩味が忘れ難いコントラストを描く。

Ceaser Salad in Bloom
シーザーサラダ・イン・ブルーム

コースの最後、ドルチェの前に登場するのがこの甘いサラダ。ニューヨークに暮らし、アメリカ文化の影響を強く受けたボットゥーラはアメリカ生まれでイタリアには存在しない「シーザー・サラダ」に強く惹かれていた。シーザー・サラダとはアメリカ生まれのイタリア人であり、自分のオリジンをいつも探し求めている。

それがボットゥーラの解釈だ。「オステリア・フランチェスカーナ」はミシュラン1つ星の時代からさまざまシーザーサラダを発表して来たが、最新バージョンが花束型のシーザーサラダだ。

27種類の野菜、ハーブ、果物、スパイス、花などを液体、フリーズドライ、粉、クリームなどさまざま形状に変化させ、味と香りだけを残して皿の中にまとめあげた。果たして何種類の食材をあてられるか?味覚のリトマス試験紙的料理。

花束に見立てた世界一美しいシーザーサラダ。ラズベリー、コリアンダー、ミント、ライム、オレンジ、レモン、ローズマリー、セージ、バニラ。。。他にもどんな味が隠されているかは食べてからのお楽しみ。

「オステリア・フランチェスカーナ」の予約はサイトのみで、3ケ月前の1日に受付を開始する。

12月の予約を取りたければ9月1日の予約受付開始と同時にひたすらカレンダーをクリックし、数百倍の競争をくぐり抜けて席を確保しなければ、現代アートに囲まれた店内に足を踏み入れることはできないのだ。

しかし「オステリア・フランチェスカーナ」の食卓にたどりつけたひとにぎりの幸運なものには、記憶にも味蕾にも長く残る、素晴らしい時間が待っていることは保証できる。

コースの途中、テーブル席を回って挨拶に訪れたシェフ、マッシモ・ボットゥーラ。世界一のシェフに会いたくて世界中の美食家たちが「オステリア・フランチェスカーナ」を目指す。パリでもロンドンでもニューヨークでもない地方都市モデナから世界一のレストランが誕生した事実がイタリア料理の奥深さを物語っている。

■オステリア・フランチェスカーナ
www.osteriafrancescana.it

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には最新刊「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」刊行予定。