創刊以来、雑誌『Precious』はあまたの「名品」を選び出してきました。それらは、『Precious』に関わる多くのファッションプロの方たちの意見をもとに、編集部スタッフが実際に手に触れ、着心地、使い勝手を見極め、その価値を実感したものばかりです。

そこで、「名品が私に教えてくれたこと…」をテーマに数々の「本当にいいもの」に触れ、価値を見極めてきた大人の女性にお話を伺いました。今回は、漫画家・文筆家のヤマザキマリさんに伺ったお話をご紹介します。

ヤマザキマリさん
漫画家・文筆家

東京造形大学客員教授。1967年東京生まれ。’84年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。著書に『プリニウス』(とり・みきと共著)『オリンピア・キュクロス』『国境のない生き方』『ヴィオラ母さん』などがある。スタイリストの草分けとして、日本のファッション界を牽引。雑誌や新聞での執筆や講師を務めるなど、活動は多岐に。著書に『原由美子のきもの上手 染と織』(フィガロブックス)ほか多数。

「数年前、日本での仕事場兼住居を設けることが決まった時、ポラダ社の家具を選んだのには二つの理由がある」(漫画家・ヤマザキマリさん)

バッグを抱える女性の手元
※名品のイメージ

ひとつはまず、大好きな木を基調としたデザイン。そしてもう一つは、これらの家具が北部イタリアにあるコモ湖のそばで作られていること。コモ湖は現在連載している長編漫画の主人公である古代ローマ時代の博物学者プリニウスの故郷でもあり、私もこの壮麗な山々と美しい森に囲まれた湖には何度か足を運んでいる。

日本に居ても、そんなイタリアの景色や空気を空間に醸し出してくれるのが、まさにこの「ポラダ」の木の家具であり、何世紀にもわたって優れた家具職人を輩出してきたイタリア人ならではの、まるで木に息が吹き込まれたような有機的デザインの独自性は圧倒的だ。

1948年に小さな木工家具工房として創業して以来半世紀以上の時を経て、現在「世界で最も美しい木の家具」と称されている「ポラダ」の家具は、職人たちの木という素材へのリスペクトと愛情によって象られているのである。

私が木という素材に強い嗜好があるのは、もとを辿れば音楽家だった母親の影響によるものかもしれない。ヴィオラ奏者だった母の商売道具はまさに木を使った楽器であり、木がいかに人間の文明にとって大きな意味を持つ素材なのか、時々語っていたのを思い出す。

彼女の持っていたヴィオラは年代物だったが、楽器は持ち主に合わせて性格を帯びるので、相性の良い楽器を見つけるのは難しい。木には木の性格やこだわりがあるのよ、演奏者と意気投合すればいい音を出してくれるもの。楽曲の練習がなかなか思うようにいかない時は、そんなことを呟いていた。

のちに木の素材がふんだんに使われた家を建て、家具は全て地元の民芸木工家具で統一した。音楽室と称されたサロンにはアイヌ民芸の熊の木彫りが置かれていて、家を訪ねる人の多くがそれを目にするとある種の違和感を覚えるようだったが、母は頑なにその木彫りの素晴らしさを唱えていた。

「木から、こんな生きているような形が彫り出されるなんて、素晴らしいじゃないですか」

母にとって北海道の熊の彫刻は楽器や家具と同じく、木という素材が人間の想像力を受け止めた時点でこそ叶う、尊い表現作品なのだった。

木材と職人との調和の取れた美意識あふれるデザイン

「ポラダ」の家具に表現される躍動感と遊び心、そして美意識あふれるデザインには、木材と職人との調和の取れた共有の意識を感じることができるが、それはまさに母が説いていたように、木という素材が人間の想像力を受け入れてくれた時点で、初めて芽生えるものなのかもしれない。

家に一人引きこもって仕事をしている時も、ふと視界に音楽とともに踊っているような、語りかけてくるようなテーブルや椅子が入ると、とたんに寂しさや孤独感が払拭されて心強くなる。

そして、さりげないようで実は難しい技術を駆使されているその大胆かつ優美な造形に、物を生み出す人間としての意欲と喜びを常に触発されるのである。

EDIT&WRITING :
兼信実加子、剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)