高層ビルが立ち並ぶ夜の丸の内を歩いていると、ひときわ目立つ塔のような建物があるのに気づいた方はいるだろうか。ヨーロッパの教会のような、あるいは巨大な露地行灯のような垂直の建造物。それが「星のや東京」だ。江戸小紋をイメージした装飾が壁面を覆う地下2階、地上17階の建物のコンセプトは「塔の日本旅館」。従来なかったそのスタルは話題となり、国内外から多くの旅行者を集めて話題となった。

「星のや東京」から免疫力を高める発酵メニュー登場

日本のさまざまな食品を常に探し求める「星のや東京」浜田統之料理長は、フランス料理の世界大会「ボキューズドール」で第3位に入賞したこともある。
日本のさまざまな食品を常に探し求める「星のや東京」浜田統之料理長は、フランス料理の世界大会「ボキューズドール」で第3位に入賞したこともある。

しかしその「星のや東京も」一連のコロナ禍で訪日外国人旅行者も実質ゼロとなり、休業期間を経て新たに再スタートを切った。その目玉となるのが浜田統之料理長が提案する新メニュー「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」だ。浜田料理長は休業期間中に多くの日本伝統の発酵食品を研究し、体内に取り入れることによって免疫力を上げることをメニューを作り上げた。

日本の食文化とフレンチが融合

5つの石の球を器に見立てたフィンガーフード「石 五つの意思」。一口サイズの中に五味を盛り込んだ、これからはじまる浜田料理長の世界への前奏曲だ。
5つの石の球を器に見立てたフィンガーフード「石 五つの意思」。ひと口サイズの中に五味を盛り込んだ、これからはじまる浜田料理長の世界への前奏曲だ。

最初に登場した「石 五つの意思」は酸、塩、苦、辛、甘の五味を人食いサイズの中に表現した浜田料理長のシグネチャーディッシュ。べったら漬や塩麹、かんずり、酒粕など古来から親しまれている日本各地の発酵食品を縦横無尽に取り入れ、和食でもフランス料理でもない、浜田料理長ならではのフィンガーフードだ。

ひと握りの丸い石ごと手に取り、ひとつひとつ口に含んでみると爽やかな酸味やほのかな苦味、時には塩味と甘みのコントラストなどまさに五味が味わえるだけでなく、その奥にはどこか懐かしい日本古来の味が隠れているのだ。

「汕」は山と海の味の出会いがテーマ。イタリア料理のオッソブーコを思わせる、馬の骨を使った器の中には生の馬肉やウニ、コンソメのジュレなどが隠されている。
「汕」は山と海の味の出会いがテーマ。イタリア料理のオッソブーコを思わせる、馬の骨を使った器の中には生の馬肉やウニ、コンソメのジュレなどが隠されている。

続く「汕」は文字通り海と山の幸を組み合わせたもの。馬の骨を器に見立て、表面は根セロリのピューレで満たされているが、その下には生の馬肉、うに、うにひしお、みょうが、コンソメのジュレなどが敷き詰めてある。これを小さなスプーンで掘りつつ味わっていると、どこか山奥の谷底へと進んでいくような、そんな気持ちになる。

カツオと酒盗と聞いただけで酒が欲しくなる人は相当な料理好き。お互いが持つ旨味の相乗効果を一度お試しあれ。
カツオと酒盗と聞いただけで酒が欲しくなる人は相当な料理好き。お互いが持つ旨味の相乗効果をいち度お試しあれ。

「鮮」は浜田料理長が信頼する、静岡県サスエ前田魚店の新鮮そのもののカツオ。鮮度はもとより、その完璧な血抜きは極上の牛フィレ肉を思わせる。これにはカツオの酒盗を棒みょうがをあわせた、アンチョビを思わせるソース。アンディーブと夏野菜を使ったサラダ仕立ての付け合わせにも酒盗ドレッシングが使われている。

自由の川を泳ぐ鮎を模したかのような「素」。オイルで長時間煮込んであるので身は水分が逃げずにしっとり、しかも骨まで柔らかい。
自由の川を泳ぐ鮎を模したかのような「素」。オイルで長時間煮込んであるので身は水分が逃げずにしっとり、しかも骨まで柔らかい。

次に登場したのは朴葉で覆われた料理「素」。そっと朴葉をめくってみるとそこにはまるでさっきまで川を泳いでいたかのような鮎のコンフィ。朴葉の裏にも「アユ」とかいてあり、思わず食卓にも笑いがこぼれる。これは金沢産の鮎を90度のオイルでなんと9時間もかけて火を入れ、仕上げにパートブリックを巻いてカリッとフリットにしてある。

外側はさくさくと香ばしくクリスピー。鮎のコンフィは骨まで柔らかくなっており、二種類の異なる食感のコントラストが楽しめる。添えられているのは鮎の黒うるかを使ったタプナードソース。「アユ」とかかれていた白いソースはなんと鮎の精巣で作る白うるかだった。

珠玉のコースの締めは、浜田料理長には珍しい肉料理。ロゼ色の胸肉にナイフを入れて赤ワインとともに頬張り、仕上げには極上のコンソメにおにぎりを投入。即席極上鴨雑炊となる。
珠玉のコースの締めは、浜田料理長には珍しい肉料理。ロゼ色の胸肉にナイフを入れて赤ワインとともに頬張り、仕上げには極上のコンソメにおにぎりを投入。即席極上鴨雑炊となる。

メインの肉料理は北海道産の鴨を使った「彩」。これはコロナの影響でレストランからの注文が減り、廃棄対象となった鴨肉を救うための料理。本来浜田料理長は野菜と魚中心のメニュー構成で肉は使わなかったのが、食材を無駄にしないという発想が新たな浜田料理となって登場した。鴨の胸肉には四国の寝さし味噌で味付けしてあり、中はしっとりとロゼ色。

肉もさることながら皿を満たすコンソメの見事なこと。鴨の旨味と寝さし味噌の風味がたまらない。料理の途中でひと口サイズの焼きおにぎりが登場。これにも寝さし味噌が塗ってあり、これをコンソメの中に落として食べる。極上コンソメの寝さし味噌雑炊がコースの締めだった。

まるで蝶が羽ばたいているかのような美しいデザート「蜜」。薄焼き、上品なラングドシャに酸味がある滑らかなクリームで、食べるのが惜しくなる。
まるで蝶が羽ばたいているかのような美しいデザート「蜜」。薄焼き、上品なラングドシャに酸味がある滑らかなクリームで、食べるのが惜しくなる。

デザートはなんとも美しい「蜜」。これは蝶を象ったラングドシャで木苺とココア味なのだが、食べる前に蝶の背の部分にナイフを入れてくださいと浜田料理長。いわれたとおりにしてみると、中央から羽が折れ、超がはばたいかのような姿になった。

これはコロナ自粛期間中、こどもと公園に出かけることが多かった浜田料理長が、こどもが一生懸命蝶を追う、その光景に心打たれてデザートにしたもの。先行き見えない辛い時期で人々の心は落ち込んでいたとはいえ、自然の造形美はつねに変わらない、そんな浜田料理長のメッセージがこめられた素晴らしいデザートだった。

浜田料理長の最新料理「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」を味わえるのは宿泊客のみ。心と体の免疫力をあげるそんなステイを楽しみたい。

料理の最後に再び登場した浜田料理長は、日本には古来から味噌醤油に代表される伝統的な発酵食品が多くあるが、まだ知られていないものも地方にはたくさんあるという。浜田料理長はそうした伝統食品をフランス料理の手法を使い、より高いレベルの料理へと引き上げる。

しかしその根底にあるのはどこか昔懐かしい、こどもの頃に食べたようなノスタルジックな味の記憶だ。なにせうるかや酒盗、べったら漬けなど昔食卓に並んだ身近な食材が、その頃は全く考えもしなかった料理となって次々に目の前に現れるのだから。日本伝統の発酵食品が体にもたらす多くの効能は無論のこと、なによりも人の心を満たしてくれる。それが浜田料理長の「Nipponキュイジーヌ〜発酵〜」の魅力だと思う。

問い合わせ先

  • 星のや東京 TEL:0570-073-066(星のや総合予約)
    住所/〒100-0004 東京都千代⽥区⼤⼿町⼀丁⽬9-1
  • 全84室 チェックイン15:00、チェックアウト12:00
    1泊84,000〜、夕食14,000(税・サ別)宿泊客のみ予約可能

    ※営業時間などの詳細は、店舗Hpなどでご確認ください。

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。