パリコレクションは、DIOR(ディオール)で、実質的な幕を開ける。
チュルリー公園に設置される特設テントは、それだけでパリコレクションの華やかさとダイナミックさを象徴し、テントのそばで、談笑するゲストが醸し出す洗練されたエレガンスも、ショーのプロローグにふさわしい。
地元セレブのみが敷居をまたぐことを許された。新時代のコレクションのあり方とは?
今回のパリコレクションは、コロナの第二波が深刻な状況の中で開催された。ラグジュアリーブランドといえども、客席数を絞り、換気をよくし、間隔を開けるのが当然のマナーである。
いつもメガトン級のコレクションショーを見せるディオールといえども例外ではない。必然的に来場者は少数に限られる。リアルショーに来場したのはパリに住む地元セレブたちと顧客、ジャーナリストが中心だ。
来場したヤングセレブたち
Alexandra de Hanovre(アレクサンドラ・ハノーファー)やElizabeth Von Guttman(エリザベス・フォン・グートマン)など若きロイヤルファミリーや、LVMHグループの総帥アルノー市の長男アントワンの妻でモデルのNatalia Vodianova(ナタリア・ヴォディアノヴァ)など、アーティスティック ディレクターのマリア・グラツィア・キウリと親交が深く、インスピレーションを与えるヤングセレブたちの顔ぶれがそろった。
遠隔で参加したセレブたち
一方では、フランスだけではなく、自宅からのリモート出席も多かったというのが、いかにも今季を象徴する出来事だ。
ディオールのジャパンアンバサダーを務めるモデルのCocomiや女優の新木優子を始め、韓国のガールズグループ「BLACKPINK(ブラックピンク)」のJisoo(ジス)などのアジア圏から。
そして、女優のCamila Queiroz(カミラ・ケリロス)はブラジル、舞台俳優のKate Mara(ケイト・マーラ)はアメリカから、というように、遠隔地のセレブからも、熱い応援が寄せられていた。
パリコレが開幕! ディオールの2021年 春夏 コレクションでは、時代に寄り添うウエアを提案
ディオールの2021年 春夏 コレクションは、「シャツとパンツそしてジャケット」に代表される、快適で着こなしやすいアイテムがそろった。もちろん着やすさだけではなく、マリア・グラツィアは、技巧的な素材や配色、柄行を重層的に組み合わせ、ファンタジックなアプローチでベーシックをあっという間に、ディオールの世界に誘ったのである。
オープニングに登場したガウンコートと、カジュアルなセットアップや、ベストとの組み合わせなど、そのシンプルなデザインとは裏腹に、抑制の効いた配色とさまざまなモチーフが絡み合い、タッセル付きのバッグとともに、まるで遠い国のリゾートを思わせる不思議な無国籍感を漂わせたのも、複雑なテキスタイルの効果があったからであろう。
それだけではない。ショー開始前には、マリア・グラツィアのフェミニストとしての側面を常に刺激し、育んできた、「アリーナ・マラッツイ」による「女性の強靭さと不屈さ」を可視化するという映像も差し込まれ、ドラマティックに観客を引き込んだ。
ショーの前に公開された、今の時代を詩で綴る、アートフィルムが話題に
今回、ショーの前にイタリア人の映画監督であるAlina Marazzi(アリーナ・マラッツィ)によるアートフィルムが公開され、今までとは違うアプローチで惹きつけた。
アリーナ・マラッツィは、映画からクチュールのショーまで、さまざまな映像や画像のコラージュでメッセージ性の高い作品を発表し続けている映像作家だ。
今回、ディオールのショーの前に発表した映像は、「シネポエトリー」といって良い、詩情にあふれたムービーだ。映像はモノローグで綴られた。
この見応えのあるショートフィルムは、今回Precious.jp独占で紹介するもの。アリーナ・マラッツィが自らのクリエイションの歴史を語る場面もあり、興味が募るが、なんといっても核心は「コロナによる閉塞状況」に触れたとことだ。
印象に残ったのは「ウイルスについて」という問いに「立ち止まるのは苦痛だったけど、実りも多かった。再生のための休止だから」という言葉。「希望のウイルス」という言葉にマリア・グラツィアのコロナ後の時代への、積極的でパワフルな姿勢がメッセージされた。
メゾンの職人技術が活きたディテールにもご注目を!
そして、テキスタイルには、常にクチュールスピリッツが盛り込まれるが、今季は特にその傾向が強い。イカットやペーズリーなど異国趣味にあふれたモチーフが、大小さまざまに織柄やプリントで表現され、それらは、多色使いのシネヤーン(杢糸)で深みのある色調を織り成し、ある時はパッチワーク加工を施されて、アトリエが持つ職人技の奥深さをさりげなく披露した。
完璧主義のマリア・グラツィアが創り出した、完璧以上に完璧な演出
マリア・グラツィアの創造性へのこだわりは、服だけではない。表現したいメッセージは、それを包むコレクション会場や演出など至るところにヒントが散りばめられ、そこで初めて世界が完成するのだ。
今季の会場は、まるでゴシック期の大聖堂のようなしつらえ。壮麗なステンドグラスが、巨大なライトボックスに浮かび、厳かな雰囲気さえ漂う。だがよく見るとステンドグラスに描かれているのは、ジョットの絵画から、ピエロ・デ・ラ・フランチェスカ、クロード・モネに至るまで、美術史を彩る様々な画家の絵画が、まるでデジタルでコラージュされたようなモチーフになっている。
コレクションのモダンさにふさわしい「ルチア・マルクッチ」の手による巨大なインスタレーションであった。
曇りガラスのようなシフォンの杏色やオリーブ、オレンジのマキシドレスは、ステンドグラスから取られたカラーなのだろうか。
ショーが進むにつれ、大聖堂にふさわしいオペラのコーラスが、響き渡る。高音から低音へ、遠くから叫ぶように、近くで囁くように巧みに謳い挙げる12名の女性たち。歌声に包まれながら、タイダイ、マクラメレース、アノラック、花柄とペーズリーの組み合わせなど、白いシャツやチノパンを合わせながらスポーティで、どこかエキゾティックなロマンティシズムを漂わせる。
軽やかな静謐さが漂うコレクションは、オペラのコーラスが大円団を迎えると同時に、ぼかしのような色調の美しいコーラルピンクや、アクアブルーなどのフルレングスのシフォンドレスでフィナーレを迎え、2021年の春へと向かう。強さを秘めた優しくも美しい女性像が打ち出された。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- WRITING :
- 藤岡篤子
- EDIT :
- 石原あや乃