映画ライターとして多くの映画に触れている坂口さゆりさんが、今月も「大人の女性が観ると人生が豊かになる」作品をご紹介します。

今月おすすめするのは、『おらおらでひとりいぐも』『詩人の恋』『ホモ・サピエンスの涙』の3作品。早速、見ていきましょう!

人生について考えさせられる「女性におすすめの映画」3選

■1:老いること、生きることを描いた『おらおらでひとりいぐも』。孤独の先に自由を見つけた桃子さんの人生に勇気をもらえる

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© 2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

芥川賞と文藝賞のW受賞に輝いた若竹千佐子さんの同名小説を、15年ぶりの主演作となる田中裕子さんで映画化した本作。映画になると聞いてから、楽しみに待っていました。20歳~34歳までの桃子さんを蒼井 優さん、夫を東出昌大さんが演じています。

桃子さんは75歳。東京五輪のあった1964年に故郷を飛び出し上京。定食屋に住み込みで働いている時に周造と出会い結婚。子育てを終え、夫とふたりの生活になるかと思っていた矢先に、突然夫に先立たれてしまいます。

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© 2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

ひとりになった桃子さんは、目玉焼きを乗せたトーストを食べ、図書館に通い、病院へ行き、46億年の歴史ノートをつくる……。そんな孤独な日々を送る桃子さんでしたが、ある日、にぎやかな音楽にのって心の声=寂しさたち(濱田 岳、青木崇高、宮藤官九郎)が人間のような姿となって目の前に現れます……。

75歳という年齢が自分にとってまだ先であっても、母親の姿を見てご自身の将来を考えることが増えた、という方は少なくないのでは。私は先日、テレビで「2040年に65歳を迎える人のうち、女性の2割が100歳まで生きる」という厚生労働省の発表のニュースを聞いて、思わず「ひゃ~」と叫んでしまいました。

独身者はもちろんですが、既婚者であっても夫を亡くしたあとはひとり。女性にとって、閉塞感漂う日本でどのように後半の人生を生きていくか、ますます大きな課題になるはずです。

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© 2020「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

先行きに不安を感じている身としては、冒頭からコタツに入ってお茶を飲む、孤独を背負ったような桃子さんの姿に目が釘づけになりました。ひとりになれば独り言やつぶやきが多くなるのか、突然夫を亡くしてしまった桃子さんの心にぽっかり穴が空いているのは間違いありません。

そんな桃子さんがどうやって孤独を受け入れていくのか。人は自分なりのやり方で孤独の向こうにあるものを見つけていかなければなりません。寂しさ(それも3人)を味方につけた桃子さんは強い。

彼女のように孤独の先に自由を見つけられたら、人生はきっと輝き続けるはず。不安を抱える現代女性にちょっぴり勇気を与えてくれる一本です。

Movie information

  • 『おらおらでひとりいぐも』
  • 原作:『おらおらでひとりいぐも』(若竹千佐子著・河出文庫)
  • 出演:田中裕子、蒼井 優、東出昌大、濱田 岳、青木崇高、宮藤官九郎、田畑智子、黒田大輔、山中 崇、岡山天音、三浦透子ほか 配給:アスミック・エース
  • 2020年11月6日(金)から全国公開中

■2:言葉をじっくり味わいながら人生を味わえる『詩人の恋』

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菅田将暉さんと共演した『あゝ、荒野』で鍛えられたボクサーを演じたヤン・イクチュンさんが一転、くまのプーさんのようなぽっちゃり体型の詩人として登場。人生を見終えたあとに温もりを感じる映画です。

自然豊かな韓国・済州島の港町で生まれ育った詩人のヒョン・テッキ(ヤン・イクチュン)は、妻のガンスン(チョン・ヘジン)とふたり暮らしです。詩作はスランプ気味で、普段は小学校の作文教室で教えてはいるものの、ほとんど収入がない状態。ガンスンが大黒柱で夫を支えています。

ふたりの穏やかな生活も、ガンスンが積極的に妊活を始めたことによって変化が。なかなか子供ができないため、病院で検査をすると、なんとテッキは乏精子症との診断されてしまいます。

次第に妊活が、夫婦関係が憂鬱になっていくテッキ。ガンスンは甘いものが大好きな彼に、近所にオープンしたドーナツ屋で買ったドーナツを無理やり食べさせます。そのおいしさに虜になった彼は足繁くドーナツ屋に通うように。しかも、ドーナツを食べると「言葉」が出てくるのです。

テッキはある日、そこで働く美青年セユン(チョン・ガラム)がトイレで女性と一緒にいるのを目撃。以来、セユンのことが頭から離れなくなり……。

一見、同性愛映画のようでありながら、そのジャンルでは括れないのが本作。見終わったあとは、ひだまりで浴びているような温かな気持ちになりました。そんな気持ちになったのは、なぜなのか。その理由を消化したくて、脚本も担当したキム・ヤンヒ監督に話を聞きました。

彼女は、「この映画は同性愛だけでなく、人と人との関係を語る映画だと思ったんです」と言います。実は、脚本を書いた段階で「同性愛」が出資者などの間で問題になったとか。何度も何度も書き直すなかで、『人と人との感情の触れ合いが大事なんだ』と気づいたそうです。

また、本作は詩をモチーフにしていることもあって、「言葉」へのこだわりも楽しみたいところ。観る人によっていろんな「言葉」が刺さるはず。私が特に印象深かったのは、ガンスンのセリフです。

「昔は結婚さえできれば、それでよかった。でも今はすべてを手に入れたい」

この夫婦はいわゆる結婚適齢期を逃した者同士という設定。晩婚だけに子供をもてるタイムリミットは迫っています。結婚できれば満足するはずだったのに、それが成就すると次は子供も欲しくなってしまう。ひとつ満たされると、さらに欲が出てくる。そんな人間の業は、自分自身も間違いなくもっているから痛い……。

笑いも優しさもペーソスも、豊かに絡んだ一本。詩とはあまり縁のない生活を送っている私ですが、手にとりたくなりました。

Movie information

  • 『詩人の恋』
  • 監督・脚本:キム・ヤンヒ 出演:ヤン・イクチュン、チョン・ヘジン、チョン・ガラム、キム・ソンギュン、パン・ウニ、ソン・イナンほか 配給:エスパース・サロウ
  • 2020年11月13日(金)から新宿武蔵野館ほか全国順次公開

■3:ワンシーン・ワンカットで撮影された、ロイ・アンダーソン監督の映像美にあふれる『ホモ・サピエンスの涙』はぜひ映画館で!

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© Studio 24

今月は「人生」を考えさせる映画が3本となりました。その最たるものがこの『ホモ・サピエンスの涙』かもしれません。

監督は、アレハンドロ・G・イニャリトゥやダーレン・アロノフスキーなど世界の名だたる映画監督が敬愛するスウェーデンの巨匠ロイ・アンダーソン監督。本作はベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)に輝いています。

映像の魔術師といわれるアンダーソン監督だけあって、本作は「映画を観る」というよりも「映像詩を読む」もしくは「絵画を楽しむ」といった趣の作品です。実際、マルク・シャガールの『街の上で』やイリヤ・レーピンの『1581年11月16日の雷帝とその息子イワン』など、実在する名画に影響を受けたシーンも登場します。

学生時代の友人に声をかけるものの無視されてしまった中年男、グラスからワインがあふれることもお構いなしに注ぎ続ける初老のウェイター、銀行を信用せずにベッドの下にお金を隠す男、まだ愛を見つけていない青年、廃墟と化した街の上を抱き合いながら漂う恋人たち、シャンパンがどうしようもなく好きな女、戦いに敗れた軍隊……。

ワンシーン・ワンカットで撮影された33のエピソードを通して、いつどんな時代も果てのない人間の、悲喜こもごもの人生が映し出されていきます。 

計算され尽くした映像美はやはり、映画館で堪能することをおすすめします。

Movie information

  • 『ホモ・サピエンスの涙』
  • 監督・脚本:ロイ・アンダーソン 出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム、ヤーン・エイェ・ファルリングほか 配給:ビターズ・エンド
  • 2020年11月20日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
この記事の執筆者
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坂口さゆりさん ライター
BY :
『Precious12月号』小学館、2020年
生命保険会社のOLから編集者を経て、1995年からフリーランスライターに。映画をはじめ、芸能記事や人物インタビューを中心に執筆活動を行う。ミーハー視点で俳優記事を執筆することも多い。最近いちばんの興味は健康&美容。自身を実験台に体にイイコト試験中。主な媒体に『AERA』『週刊朝日』『朝日新聞』など。著書に『バラバの妻として』『佐川萌え』ほか。 好きなもの:温泉、銭湯、ルッコラ、トマト、イチゴ、桃、シャンパン、日本酒、豆腐、京都、聖書、アロマオイル、マッサージ、睡眠、クラシックバレエ、夏目漱石『門』、花見、チーズケーキ、『ゴッドファーザー』、『ギルバート・グレイプ』、海、田園風景、手紙、万年筆、カード、ぽち袋、鍛えられた筋肉
EDIT :
宮田典子(HATSU)、喜多容子(Precious)