菅田将暉「物足りなさ」の、その先に

役者として高い評価を得ながら、音楽というジャンルに飛び出し活躍する菅田将暉さん。彼はなぜ、芝居のみならず、歌にも貪欲に挑むのでしょうか。国民的キャラクターの映画主題歌を担う今、胸にある思いや覚悟に迫りました。

菅田 将暉さん
俳優・歌手
(すだ まさき)1993年生まれ、大阪府出身。2009年ドラマ『仮面ライダーW』で俳優デビュー。映画『共喰い』『あゝ、荒野』『糸』ほか出演作多数。2017年『見たこともない景色』でソロ歌手デビュー。自粛期間中に作詞を手がけ、8月末に配信リリースされた『サンキュー神様』も話題を呼ぶ。

結婚を描いた作品と関わることに深い縁を感じました

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歌い手、菅田将暉。その姿に心が震える。俳優として活躍しながら、歌手としてソロデビューしたのは2017年のこと。みずみずしさと無骨さと、その両方を備えたのびやかな歌声は世間を驚かせ、たちまち人々を魅了した。

そして2020年、さらなる足跡を残す。あの国民的キャラクター『ドラえもん』の映画主題歌の歌い手に大抜擢されたのだ。

「このオファーをいただいたのは、昨年の夏のことでした。テーマはウエディングソングと聞き、不思議なご縁を感じたのを覚えています」

奇しくもそのころ、主演映画では初となる、父親役に取り組んでいた。

「結婚、夫婦、家族とは何か。ずっと考え続けた日々でした。こと出産に関していえば、男性はお腹を痛めず、産むのは女性。どのタイミングで父親の自覚が芽生えるのかがわかりませんでした。実は僕は自宅出産で産まれ、まさに父が取り上げてくれたのですが、出産を目の当たりにした父ですら、最初は親になった実感が湧かなかったと言う。

当時の映像も残っていて、自分が産まれてくる姿をこの目に焼き付けました。すごいことだと感動しながらも、夫婦になる、父親になる、家族をつくるというのは、経験して積み上げることで実感できるもの。そのことだけはわかった気がして、この思いを楽曲の表現につなげたいと思ったのです」

映画『STAND BY ME ドラえもん 2』は、結婚を軸に、過去、現在、未来と時間を超えて紡がれる絆の物語。大人になったのび太が、しずかちゃんとの結婚式当日に「逃げ出す」エピソードが描かれる。

「のび太くんのその気持ち、痛いほどよくわかります。将来を考えれば考えるほど自信がなくなり、不安が募る。それってあたりまえだし、ある意味誠実なことだと思うんです。背伸びせず、等身大の自分を見つめて、目の前のことに懸命に取り組む以外に解決策はない。でも逃げ出した身勝手さも含めて、不安に対して決して鈍感になれないところがすごくリアル。誠実な人間だからこその行動なのかなと感じました」

歌手としてこの曲に向き合うときも、やはり意識したのは誠実さ。

「今までの曲とは違う難しさがありました。感情に任せて突っ走るのではなく、つぶやくように歌うのでもなく、ましてや技術を見せつけるような曲でもない。ただ誠実に歌うという覚悟。そんな新しい課題が突きつけられた楽曲でした」

だれかのためになって初めて"プロ"。それができていないうちは、自分のためにただ必死で歌うと決めた

歌手業を始動させて4年目。アルバムを2枚リリースし、ライブツアーも行い、昨年末はNHK紅白歌合戦にも出場。瞬く間にメインストリームへ駆け上ってきた今、当人はどんな思いを抱えているのだろうか。

「最初は、役者である僕が人前で歌うことなど信じられませんでした。だれかのために歌うのが"プロ"だとするならば、当時の僕にそんなことはできなかった。ならばまずは自分のために歌おうと必死でやってきました。人前で、人のために歌う。その最低限の自信がついてきたのはつい最近のことかもしれません」

歌い手として何かを成し遂げたという気持ちは微塵もないと断言する。

「技術が足りない。経験が足りない。練習が足りない。歌に関して、いまだ物足りないことだらけなんです」

俳優業を貫くために僕には音楽が必要だった

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映画、ドラマほか主演作が相次ぐ菅田さんが、並行して歌手業にも軸足をおく理由。そこには役者を生業とする者が抱く、ある葛藤があった。

「音楽を仕事として成立させうる強力な仲間と出会えたこと、歌手業を始めた理由はそれに尽きます。でもそれ以上に、俳優業だけでは満たされない何か…それを埋めてくれるものが必要不可欠だと感じていました」

役者とは、役柄の人生を生きるのが仕事。自分の人生がおき去りにされていると感じることもあるだろう。

「表舞台で、自分が遊べるところをつくらないと壊れてしまうという感覚がありました。必死に働いている人は皆同じだと思うのですが、仕事のストレスは仕事場でしか解消できない。どれだけ素敵な恋人がいても、どれだけ心躍る服をそろえても、仕事の苛立ちや悔しさが晴れることはない。そういう意味で、僕には音楽という表現の場が必要だったんです」

とはいえ、役者とはまた違う「さらけ出す覚悟」が求められる。

「歌はこの身ひとつですから。ステージに立ったらだれも助けてくれない。個人としてどう存在するのか、が試される仕事です。すごくヒリヒリしますよ。でも役者という、ある意味武装する日々を過ごしているからこそ、こんな刺激を必要としていた。3年が経った今、心から渇望していた場なのだと実感しています」

だからこそ今は練習あるのみ。そう自身を戒める姿が印象的だ。

「ミュージシャンが音楽に費やす時間を考えれば、それが足りていないことはだれよりも自覚しています。俳優として積み上げてきたものは、決して歌手業にもち込むべきでない。結果、恥をかくのは自分です。本番で大いに遊びたい。だから粛々と練習する。それだけのことです」

この世に成功も失敗もない。「できたこと」と「できなかったこと」をのふたつをただ次に生かせばいい

成功を収めたつもりは毛頭ないし、成功したいという欲がない、と笑う。

「そもそも成功失敗で物事を考えることがないんです。もっとこうできたのにと思っても失敗なわけではないし、興行成績がよかった=成功、というのもまた違うと思う。まずは自分が楽しむことが目標で、その姿勢を伝えるのが使命。何事もイエス、ノーでは判断できない。ここはよかった。ここはよくなかった。すべてはそういうものではないでしょうか」

芝居や音楽には正解というものがない。そんな世界に生きる菅田さんが、さらに高みを目指すときに何を心がけているのかを聞いてみる。

「好きなことを見つけて懸命に走っていると、どうしても苦手なことが出てきます。それにどう向き合うか。それこそが重要だと思うのです」

ただ嫌いと否定するのはもったいない。そう感じる理由を掘り下げるほうがおもしろいし、役に立つ、というのが持論だ。とはいえ面倒なことに向き合うのは、そう簡単ではない。

「自分の父親に対して、実はずっと苦手意識がありました。僕の人生は父との向き合い方で形成されているといっても過言ではない。いや、よくある思春期の衝突です。

『親父と同じ空間にいたくない』って、僕がぐずってぐずってふてくされて、もうらちが明かないというとき、母にこう言われたんです。『お父さんはああいう人だから、それが嫌ならあなたが変わりなさい』と。初めは理不尽に感じたけど、いざ実践すればそのとおりで、父には父の信念があり、愛情があると理解できるようになった。あの試行錯誤がなければ今はない。歳を重ねて父との仲が深まった今、心から感謝しています」

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さて、2020年はだれにとっても記憶に残る、特別な年となった。

「生きることが最優先だと気がついた年でした。その一方、芸術については歯がゆい思いもした。従来のやり方を踏襲するのは違うけど、リモートに慣れるのも違和感がある。僕自身、まだ答えは出ていません」

今は現場に足を運べることが、心からありがたいと感じる。名監督、名俳優…大先輩と触れ合う時間はさらに貴重なものになり、以前よりも「引き継ぐ」ことに敏感になった。

「昨年は役者生活10周年で、完全燃焼した年でした。少し休もうと決めていたけど、この自粛期間を経て、自分の気持ちがどこへ向かうのか、再び芝居欲が湧くのかすらも見えず、不安な日々でした。でも結果『もっとやりたい』と強く思う自分がいた。休むことで、精神的・肉体的に余裕が生まれたのは大きい。これからさらに自分の幅を広げていきます」

俳優業11年、歌手業3年。だれよりも働いてきた男はこう語る。

「刺激がない、新鮮味がないと思ったら、新しいことは自分でつくればいい。経験から次のものを探し出すことを繰り返していけば、その先に、まだ見たこともない景色が広がっている。僕はそう信じているんです」

※掲載した商品は、税抜きです。

INFOMATION 映画『STAND BY ME ドラえもん 2』

 

大ヒットを記録した3DCGアニメーション映画『STAND BY ME ドラえもん』 から6年。続編となる本作は、原作のなかでも名作とされる「おばあちゃんのおもいで」をベースに再構築された感動ストーリー。菅田将暉さんが歌う主題歌『虹』は、自身の代表曲『さよならエレジー』ほかでもタッグを組む、石崎ひゅーい氏が作詞作曲を担当した。2020年11月20日(金)より公開。

問い合わせ先

マルニ 表参道

TEL:03-3403-8660

PHOTO :
KEI OGATA
STYLIST :
猪塚慶太
HAIR MAKE :
AZUMA(M-rep by MONDO-artist)
WRITING :
本庄真穂
EDIT&WRITING :
小林桐子(Precious)