私たちに馴染み深いファッションアイテムの歴史を改めて紐解き、その意外な成り立ちをフューチャーする連載企画「服飾の歴史」。
第一回目では、トレンチコートを取り上げます。ときにラフなスタイルに合わせたり、フォーマルな服装に合わせたり、その利用シーンは多岐にわたるトレンチコート。これからのシーズンに着用する方も多いのではないでしょうか。
100年以上の歳月を経て、アウターの代名詞となったこのコートはどのように誕生し、現代へと受け継がれてきたのか? 身近にある洋服の意外な真実へと迫ります。
■実は軍用コートからはじまるトレンチコートの歴史
そもそも最初から私たちの知る「ダブルのボタン配列」、「袖口にベルト装飾」といったトレンチコートのスタイルが確立されていたわけではありません。
時代を遡ること、第一次世界大戦。
歩兵たちが陸上戦での銃撃から身を守るために掘られた溝、「塹壕」のなかは雨が降ると水がたまりやすく、必然的に軍服にも防水機能が求められていました。
そんな状況下で着用されていたのが、現代のトレンチコートの起源となるミリタリーの防水コート。
「トレンチ(trench)」という単語は英語で「塹壕」を指し、英国軍将校がこの防水コートを塹壕内で着たことから、「トレンチコート」の名がつきました。
つまり、軍用コートからトレンチコートの歴史は始まるのです。
■トレンチコートの前身「タイロッケン」を開発したバーバリー
私たちが知る現代のトレンチコートの原型を開発したのが、今も世に知られるラグジュアリーブランド「バーバリー」。
バーバリーは元々、英国軍将校を雨風や過酷な状況下から守るためにトレンチコートを生産していました。
そして、創業者トーマス・バーバリーが開発した素材「ギャバジン」は防水コートの歴史に革命を起こします。
ゴム引きの布地が主流だった当時、通気性に優れたギャバジンは、従来の重い防水コートを劇的に変えることとなったのです。
現代のトレンチコートの前身は、バーバリーがこのギャバジンを使用して開発したアウターウェア、「タイロッケン」でした。
ひもと留め具を使い、前で「結び(tie)」、「錠前(lock)のように留める」。その革新的なデザインは、1895年のボーア戦争でイギリス士官の軍服としても採用されています。
イギリス陸軍を率いていたキッチナー卿に「もっとも使える悪天候用従軍コート」として選ばれたこともあった「タイロッケン」。
1914年には新しい戦闘に対応する将校向けのアウターの依頼を、英陸軍省から受けるようになったバーバリーは、以降「タイロッケン」に修正を加え、戦闘に対応すべく肩章とベルトのDリングを追加しました。
そして第一次世界大戦が終わる頃、私たちの知るトレンチコートへとスタイルを完成させたのです。
■ミリタリーを踏襲したトレンチコートのデザイン
これまで見てきたように、ミリタリーウェアとして着用されていたルーツをもつトレンチコートは、その装飾ひとつひとつに当時は大きな役割がありました。
・ショルダーの「エポレット」
もともとは、肩にかけた装備などが落ちないようにする留め具のような役割を果たしていた「エポレット」。将校たちの階級章もこの部分につけられていました。
・袖口の「カフストラップ」
コートの袖口にある「カフストラップ」。この細いベルトを締めることで、防寒など袖からの風雨侵入を防止していました。
・ベルトの「Dリング」
現在では装飾的な意味合いとして付属しているベルトの「Dリング」。戦時は水筒やナイフ、手榴弾など必要な装備品をかけていました。
・背中の「ストームシールド」
雨がもっとも当たりやすい背中上部から衣服内に水が入らないよう、撥水効果を高めるためにつけられた「ストームシールド」。
「過酷な状況に耐えうるため」「装備を付属させるため」など、機能性を追求した結果できたこれらパーツの数々。今でこそ、装飾として意味合いが強いデザインも、トレンチコートの歴史を知るうえで欠かせないポイントなのです。
■過去から現代へ。ファッションアイテムとして昇華したトレンチコート
軍服だった過去を経て、美しいデザインと着心地、防護性などが世界に評価されたトレンチコート。
長きに渡り着用され続けているこのファッションアイテムは、過去から現代へとその細部にまでミリタリーウェアとして誕生したルーツが受け継がれているのです。そして、100年以上の歴史を経てこれからも人々の装いに欠かせないアイテムとして、存在し続けるのでしょう。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT&WRITING :
- 髙橋優海(東京通信社)