都心にある高層階のダイニング「アルヴァ」は、落ち着いた雰囲気の大人の空間に加え、晴れた日には富士山までも見渡せる高層階からの絶景、そして素材を生かした力強いイタリア料理が堪能できる稀有な空間だ。平木正和シェフは長年本国イタリアで腕を振るい、満を持して日本に帰国。2016年から「アマン東京」でその長年の経験から生み出される上質なイタリア料理が人気を集めている。

「アマン東京 アルヴァ」にアフターコロナの新メニューが登場

5ケ月の休業期間中、平木さんは試合に臨む前のボクサーのように走り込み、心と体を鍛えて再開の準備に専念した。
5か月の休業期間中、平木さんは試合に臨む前のボクサーのように走り込み、心と体を鍛えて再開の準備に専念した。

関西出身の平木シェフはその昔神戸にあった「ビストロ・マルケージ」でイタリア料理への道を本格的に歩み始めた。イタリアに史上初めてミシュラン3つ星をもたらした近代イタリア料理の父と呼ばれる巨匠、故グアルティエロ・マルケージの日本店だ。マルケージ、といえば当時のイタリア料理界では絶対的な存在で、彼の元で学んだ料理人たちはいずれも現在はイタリアを代表するトップシェフとして活躍している。

「ビストロ・マルケージ」のシェフとして平木さんと働いたエンリコ・クリッパもイタリアに帰国後はアルバの「ピアッツァ・ドゥオモ」で3つ星を獲得しいているのだ。その師匠であるクリッパから誘われて平木さんはイタリアに渡った。以来イタリア各地で研鑽を重ねたのちヴェネツィアの名門ホテル「バウアー」で13年間勤務。最終的にはエグゼクティヴ・シェフをつとめるほど活躍したのだ。

日本各地から届く旬の素材。そうした自然の恵みを1日も早く料理にして届けたい。新メニューには、そうした平木さんの思いが込められている。
日本各地から届く旬の素材。そうした自然の恵みを1日も早く料理にして届けたい。新メニューには、そうした平木さんの思いが込められている。

その「アルヴァ」も4月から5か月間もの長い休業期間があったがその間平木さんはひたすら走り込んで肉体改造に取り組み、満を持して営業再開に臨んだ。大勢のスタッフを預かるキッチンの総責任者としての責任を感じ、いまもホテルへの通勤は自転車とランニング。公共交通機関は一切使わない生活を続けていたという。その間常に考えていたのは、日本全国から旬の食材を提供してくれる生産者たちのこと。1日も早くレストランを再開して彼らの食材を使ってあげたい、そういう思いが叶い「アルヴァ」も9月から再開。平木さんの新しいメニューで再出発したのだ。

レストラン再開の喜びと、感謝の念が込められた料理

一口サイズのスープ、揚げ物、ピッツァ風味のクラッカーという3種類で構成されたアミューズ「恵み」。
一口サイズのスープ、揚げ物、ピッツァ風味のクラッカーという3種類で構成されたアミューズ「恵み」。

例えば最初に登場するアミューズは「恵み」。ごぼうのスープにトリュフ風味のオイル、ごぼうのチップスに秋の草花をイメージしたハーブ。シマアジのゼッポリーネ。トマト風味のクラッカーにゴルゴンゾーラのムース、セミドライトマトとバジルシード、バジルと、さまざまな要素が一口サイズに凝縮されているのだがひとつひとつにイタリア的な味が込められている。「恵み」とは自然が育む食材のことであり、またレストランを再開できる喜びも表しているのではないだろうか。

新鮮な帆立はピンクグレープフルーツとフェンネルで香りづけしてカルパッチョに。トッピングのキャビアも平木さんがともに開発した香川の生産者のものだ。
新鮮な帆立はピンクグレープフルーツとフェンネルで香りづけしてカルパッチョに。トッピングのキャビアも平木さんがともに開発した香川の生産者のものだ。

「北海道産帆立のカルパッチョ」には新鮮な北海道産の帆立にピンクグレープフルーツとフェンネルで香りづけ。そして香川県産アマン東京オリジナルキャビアをトッピング。この国産キャビアも平木さんがともに協力して開発し、アマンオリジナルとしての製品化に成功した思い入れのあるキャビアなのだ。そうした日本全国の生産者たちの食材を、きちんと最適な形で使いたいという平木さんの思いが込められている。

「短角牛のミートソース」は肉がゴロゴロ入った食感のミートソースとスパゲッティという、誰もが美味しいと頷く王道の味。
「短角牛のミートソース」は肉がゴロゴロ入った食感のミートソースとスパゲッティという、誰もが美味しいと頷く王道の味。

パスタはシンプルかつ滋味深い。「短角牛のミートソース」には北十勝産短角牛の歯ごたえあるモモ肉と、とろけるような脂身があるバラ肉の2種類を使用。香味野菜とトマト、赤ワインで煮込んで素材の味を引き出した、力強くて自然の恵みを体感できるような料理。もう一種類は、これも北海道産のエゾジカを使った「エゾジカのラグーのウンブリチェッリ」。スパゲッティとは違い、一本一本手で伸ばした歯ごたえあるパスタに、野性味強いエゾジカをあわせたもの。じっくり煮込んだミートソースに、軽く炙ってからニンニク、唐辛子、イタリアンパセリで味付けしたうちモモ肉をトッピング。違う部位、食感が味わえるパスタとなっている。

茨城県産の鴨胸肉と埼玉県産の舞茸を使ったメイン料理。滋味深く、自然への感謝の思いが込められている。
茨城県産の鴨胸肉と埼玉県産の舞茸を使ったメイン料理。滋味深く、自然への感謝の思いが込められている。

メインの肉料理は平木さんが親しい茨城県の生産者が育てた鴨が登場。「茨城県産かすみ鴨胸肉のアッロースト 黒舞茸と無花果のカラメラート」は薬を一切使わずに育てた鴨胸肉を使用している。ニンニク、ローズマリー、オリーブオイルでローストし、ソースも鴨のガラからとったもの。

鴨をあますことなく使い、料理に昇華させているのだ。付け合わせの黒舞茸は埼玉県産で自生に近いものを使用しているという。こうした料理ひとつひとつは、文字通り素材を前面に出した調理法なのだが、それは平木さんの生産者たちに対する感謝の念が込められているからだ。

レストラン再開の喜びと、そうした感謝の念が込められた料理は一年間コロナ禍に苦しんだわたしたちの胸に響くものがある。家族や友人とテーブルにつき、美味しい料理を口にする喜び。それは誰もがしばらくの間失い、求めていたものなのだが、料理人である平木さんはその思いが人一倍強いはずだ。料理から伝わる無言のメッセージは強く、熱い。誰もが苦しみぬいた一年だからこそ、年末には平木さんのイタリア料理で来年への思いを新たにする。そんな一夜を過ごすのはどうだろうか。

問い合わせ先

  • アルヴァ アマン東京 TEL:03-5224-3339
  • 住所/東京都千代田区大手町1-5-6 大手町タワー
  • 営業時間/ランチ12:00〜14:30、ディナー17:30〜22:00(20:00L.O.)
    定休日/月曜、火曜(祝日の場合は営業)
この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。