本書は、一九七〇年以降に生まれた歌人のアンソロジーである。一冊で現代の短歌シーンを見渡すことができる。短歌というと、昔の言葉が使われていて敷居が高いイメージがあるが、現代の短歌はすでにそういうジャンルではなくなっていることがわかる。いくつか引用してみよう。
誤植あり。中野駅徒歩十二年。それでいいかもしれないけれど 大松達知
十二分のところが二十分と誤植されていたら大問題だ。でも、これが十二年だと、もはやそういう次元を突き抜けてしまう。「それでいいかもしれないけれど」とは、単なる諦めではなくて、通勤などから解放された(だって片道十二年では通いようがないから)自由な人生への憧れなのだろう。
「やさしい鮫」と「こわい鮫」とに区別して子の言うやさしい鮫とはイルカ 松村正直
子供の発想の新鮮さに感心してしまう。もちろん、イルカという言葉を知らないからそうなるのだが、それを知っている大人の口からは決して出てこない「詩」のきらめきに驚かされる。
したあとの朝日はだるい 自転車に撤去予告の赤紙は揺れ 岡崎裕美子
朝、〈私〉は恋人の家から駅に向かって歩いている。セックスはした。でも、その恋は終わりそうなのだろう。寝不足の目に「赤紙」の赤が沁みる。「撤去予告」されている自転車が自分自身と重なるように思えて、いっそう「だるい」のだ。
このような短歌のほかに、各作者のキャラクターと作風がわかる紹介文がついている。併せて読むことでいっそう面白くなる。
- TEXT :
- 穂村 弘さん 歌人
- BY :
- 『Precious6月号』小学館、2016年