多彩なジャンルや業態の飲食店が無数に存在し、世界的に見てもエキサイティングな東京のフードシーン。そのなかでも、この連載ではニューオープンを中心に「今」行きたい、「人」を連れていきたい、“大人のためのレストラン”にフォーカス。第6回は、2016年9月16日にオープンした白金台の「エッグ」をご紹介します。
北欧と日本、両者の食文化の共通項を探る料理
ここ数年の間に、新北欧料理(ニュー・ノルディック・キュイジーヌ)という言葉を耳にする機会が増えたという方も多いのではないでしょうか。2004年に発表された「新しい北欧料理のためのマニフェスト」を皮切りに、デンマークの「noma」をはじめとする北欧の革命的なレストランが世界から注目を集めるようになりました。10項目からなるマニフェストには、地域性を大切にすること、料理に季節を反映させること、料理と健康を結びつけることなどが掲げられています。この考え方を、自分が生まれ育った日本の食材、地域性、料理法などを通して表現しようとしているのが白金台「エッグ」のシェフ、辻村直子さんです。
「エッグ」は、基本的に辻村さんがひとりで調理してサーブするカウンターメインのスタイル。「ほぼひとりで手がけていることやノルディック&ジャパニーズ キュイジーヌをコンセプトにしていることもあって、カウンターの割烹や鮨店のようなイメージにしたかったんです。お客様との距離感の近さはカウンターの魅力ですね。北欧と日本について、料理を通してお伝えしたいことがたくさんあるので(笑)」(辻村さん)
ミシュランガイド北欧版で初めて3ツ星を獲得したことで知られるデンマークのレストラン「ゼラニウム」で学んだ辻村さん。その前は六本木で18年間、デンマーク人のご主人と共にデンマーク料理を提供するカフェ・レストランを経営されていました。ビルの事情で閉店した後、家族の移住にともない、約3年ほどデンマークを拠点に日本と行ったり来たりする生活に。これを機に現地の食をしっかり学ぼうと、昔ながらのパンをつくるパン屋で働いたのち「ゼラニウム」の門を叩きます。このレストランを率いるのは、世界最高峰のフランス料理コンクール「ボキューズ・ドール」で優勝した経験をもつラスムス・クフード氏。ここで得たものは計り知れないと辻村さんは語ります。「現地で食べ歩くなかで、いちばん感動したレストランでした。実際に働いてみて、食についてあらゆる面で影響を受けましたね。これまで自分がやってきたことをすべて覆されたような感覚がありました。楽しみながら料理すること、人に喜んでもらうこと、既成概念にとらわれないこと……。北欧は本当に食材が少ないんです。そのなかでどう工夫して料理に仕立てあげるかという発想がとにかく素晴らしい。現地の料理人は皆頭がよく、さながらアーティスト。クリエイティブでないとできない仕事だと思います。そういった料理人の立ち位置も日本と違うなと感じました」(辻村さん)
食材が少ないゆえに発達した北欧の料理人たちの発想力に衝撃を受ける一方で、日本の食の豊かさを再確認した辻村さん。「食材の多様性、四季が生む旬の味、伝統的な調理法と、日本には誇るべき食材と食文化があります。海外に渡って初めて、なんでこれまで日本の食文化を学んでこなかったんだろうと猛省しました。自分の国に敬意をもって“食”をもっと掘り下げようと決意して、日本の食材探訪を始めたんです」(辻村さん)。一時帰国の際や本格的に帰国した後、生産者を訪ねたり、地方料理に触れたりオーベルジュに行ったりと日本各地をまわったそう。「地方でさまざまな料理店の形をみるうち、自分のやりたいことが明確になりました。それがコンセププトのノルディック&ジャパニーズ キュイジーヌです。端的にいえば日本の食材で北欧を表現するということですが、両者の食文化の共通点を探って、伝統的な部分を大切にしながら自分のエッセンスを加えてアレンジができたらと思っています」(辻村さん)
16品からなるおまかせコースで自分の世界観を表現
メニューは約16品からなるコースのみ(¥11,000〜)。「先付けから始まって水菓子で終わる和食の流れをイメージしています」(辻村さん)。まるで北欧と日本を食で旅するかのようなめくるめくコースのなかには、マテ貝に見立てたスナックなどあっと驚くような一品から、ライ麦パンを浮かべたお椀のように北欧と日本の要素を融合させた料理、さらに日本ならではのバラ寿司や吸い物までが登場します。
コースのなかには、北欧の人々が日本に学びにきて、そののち新北欧料理のなかで活用されるようになった発酵技術が活きる料理も諸処にお目見えします。「エッグ」で食べ進めるうち、そしてカウンター越しに辻村さんのお話を聞くうち、これは新北欧料理の単なるコピーではないことに気づくはずです。日本各地を回って惚れ込んだ食材を使い、伝統的な食材の扱い方を学んだうえで、北欧で得た食文化と発想を反映させたものが「エッグ」の料理。すべて辻村さんの経験と知識、考察から生まれた無二の料理なのです。
たとえば、〆に登場するバラ寿司。日本らしさを表現するための料理かと思えば、なんとこれはデンマークの伝統的なオープンサンド「スモーブロー」を表現したもの。「盛り付けはバラ寿司を意識していますが、イメージはスモーブロー。デンマークでライ麦パンの上にニシンの酢漬けやスモークサーモンなどをのせるところを、パンではなくシャリの上にのせています。琵琶鱒もマリネにして、ニシンやイワシは酢漬けに。スモーブローのようにワインビネガー、ハーブやスパイスも使っています」(辻村さん)。なるほど……! 「エッグ」には見て驚き、食べておいしく、知って楽しい料理ばかり。ぜひ疑問がわいたらシェフに質問をしてみてください。知れば知るほどより味わいも増すことでしょう。
ドリンクも料理を最大限に楽しむための「おまかせ」を提案
料理同様、飲み物も基本的におまかせ。その時々のメニューに合わせたラインナップを用意されています。なかでもおすすめは、料理を最大限に楽しむためのペアリングコース。ワイン、日本酒、ソフトドリンクそれぞれのコースがあります。ワインはさまざまな国のナチュラルワイン。ソフトドリンクはオーガニックの野菜やハーブを使った自家製ドリンク。「日本酒については、意欲的な造り手が世界を視野に入れた酒を生み出していることを知って以来、大きな魅力を感じています。しっかりした酸味をもつものや古代米を使ったロゼ、発泡タイプなど洋の料理に合う日本酒がたくさんあります」(辻村さん)
北欧と日本の食文化の共通項を見出し、探り、皿の上に表現している辻村さん。「オープンから1年が経って、この道をますます突き詰めていきたいと強く感じています。熟成や発酵の知識も深めたいですし、もし可能であればいつか長期で実験ができるラボもつくってみたいですね。北欧で実感したのは、飲食業界の社会的な地位を含めて、社会も教育も日本とまったく違うこと。教育が違うので、発想力の豊かな人が育つ、そういう人が社会をつくるから、社会も変わる……すべてはつながっているんですよね。デンマークは生涯学習を掲げていて、学びたいと思ったらいつでも学校に戻ることができるんです。そんなふうに自分ももっと学びたいですし、次の世代を見据えて飲食店とは別の形……例えば新しい学習の場をつくってもいいなと思っています。さまざまなことを学んだ北欧への恩返しと、日本の将来につながることをしていきたいですね」(辻村さん)
「エッグ」は、アルファベットで書くと「Æg」。見た目のユニークさに加えて、北欧の人にもひと目で分かりやすいように選ばれたデンマーク語の表記。反対に、発音としては日本人にもすぐに卵とわかる「エッグ」。そういった言葉の機能的な部分のほか、「何かを生み出す」「殻を破る」「原点」といった意味も込められた店名です。北欧と日本の両方にアプローチし、そこから次世代に向けた何かが生まれる予感に満ちたこの場所にこれ以上ふさわしい名前はないでしょう。「エッグ」で食事を終えたとき、あなたの心にも何かが生まれているかもしれません。
問い合わせ先
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エッグ
営業時間/17:00〜20:30L.O. 不定休
※要予約(前日までの予約が望ましい)
全16品¥11,000〜のコースのみ
カウンター7席、大テーブル8席 - TEL:03-6277-1399
住所/東京都港区白金台5-3-2 ジェンティール白金台 B1F
- TEXT :
- 門前直子さん エディター・ライター
- PHOTO :
- 長田朋子
- EDIT&WRITING :
- 門前直子