障子を透過して室内に入る、ほのかな陽の光。ろうそくや行あん灯どんが放つ、おぼろげな明かり。電気という文明が存在しなかった時代を生きた人々は、そういった光と闇が織りなす美しさに対して、今の私たちよりはるかに強く感応していたに違いない。そんな感性のフィルターを通して、「侘しさ」を意味する「わび」は、高度で洗練された美学へと成長していった。
その立役者のひとりである戦国時代の茶人村田珠光は、唐から物もの(海外製品)ばかりを尊び富をひけらかすための茶を否定し、控えめでつつましやかな「わびたもてなし」というコンセプトを提唱する。物質的に欠乏した状態にこそな色の諧調や素材のコントラストによって、精神的豊かさを表現するということになるだろう。
イタリア製スーツと英国製生地に見る「わび」
キメすぎないことが豊かな装いの秘訣
西洋的なデザイン哲学でいう「モダニズム」と共通するものがあるが、モダニズムが曖昧さを徹底的に排除した絶対的価値観であることに対して、「わび」はもっと自然に順応した、曖昧な価値観である点がポイント。そこには季節感の表現が欠かせないし、劣化や不鮮明さ、そして非均一性こそが表現を豊かにしてくれるのだ。
京都の妙喜庵に残された、千利休がつくった茶室「待庵」。粗末な土壁と剝き出しの丸太でつくられた、たった二畳敷きのこの薄暗い空間に身を置い閑寂さを見出し、心の安定が生まれるという考え方だ。さらに千利休は、なるべく質素な茶室と茶器で心を和らげ、主人と客同士が尊敬し合う空間をつくるという「わび茶」の精神を確立していると、ことさらに富やセンスを主張した装いが実に薄っぺらく思えてくる。そして素朴に織られたグレーフランネルや清潔に整えた白いシャツが持つ、本来の美しさに気づかされるはたのである。
この考え方を現代の装いに活かすのであれば、質素で礼節を感じさせる無彩色のグレースーツをベースに、絶妙ずだ。そう、それこそが「わび」の装い。ゼロか1かのAIでは絶対に解析できない心の豊かさを、自分にも周囲にも与えてくれるのだ。
- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2020年秋号より
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- 熊澤 透(人物)
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- 四方章敬
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- MASAYUKI(the VOICE)
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- COOPERATION :
- 赤峰幸生、海老屋美術店