お茶というと、思い出す話があります。料理家の知人は、お盆に旦那さんの実家に里帰りすると、嫁の務めとして仏壇にお茶を供えるそうです。ご先祖様は、ふたりのお付きと邪鬼を5匹も連れて“帰ってくる”そうで、用意するお茶は8杯。

しかも冷めないよう、絶えず淹れ替えなくてはいけないのだとか。そうすれば、5匹の邪鬼も悪さはしないだろう、と。

郡司庸久さんのポット(手前)
郡司庸久さんのポット(手前)

これは「もてなし」の大切な心得だと気づかされました。人をお招きするとき、どこそこの高級菓子に気合いの入った料理…と、ついつい特別な準備を考えがちですが、気持ちのよいタイミングで、丁寧に淹れたお茶をお出しすること、出すもののグレードではなく、もてなす姿勢がどうであるか、が大切だと感じます。押し付けがましくなく、「あなたのことを気使っていますよ」というサインこそが、もてなしなのではないでしょうか。

世界に飲み物として広まった歴史は、コーヒーよりもお茶のほうが古いそうです。ヨーロッパで茶葉の薬草としての効能が注目されると、中国の陶磁器やインドの綿布などとともに、憧れの「シノワズリ」の文化として、お茶は英国家庭、特に女性の飲み物として浸透し、アフタヌーンティー文化が発展しました。よく中華料理屋さんでテーブルにポンッと置かれる丸いポットが、そのままティーポットの原型になって、流行りものに敏感な当時のマダムたちのサロンに華を添えました。

だれかがわが家にお茶にいらしたとき、頼りがいのあるティーポットがひとつあれば、紅茶、番茶、中国茶と、どんなリクエストがきても大丈夫。お茶のお供には、得意の“秘密のケーキ”を添えます。多少分量が違ってもお構いなしの簡単レシピですが、意外性のある味や食材は、案外ウケがいいのです。「じゃあ、あともう一杯いただいたら帰るわ… 」の繰り返しで、おしゃべりの終わらない淑女たちのたわいもない午後に、ポットは大忙しです。

<今回のアイテム:ティーポット>
茶器は17世紀初頭、オランダ東インド会社により、茶葉とともにヨーロッパに持ち込まれた。製磁技術のなかったヨーロッパで磁器のポットや茶碗は高価で、裕福な商人の妻子らが茶器を自慢しながら茶をふるまうサロンが発展し、茶文化が広まった。また、オランダのデルフト窯やドイツのマイセン窯などがティーセットの製作を始め、ヨーロッパの陶磁器文化が発展した。

■郡司庸久さんのポット

ポット(1点もの)約 ¥8,000(税抜)
ポット(1点もの)約 ¥8,000(税抜)

長く愛用しているポット。益子で作陶する郡司さんの作品は、温かみと普遍性をもつ形やしのぎが特徴。ポットや土瓶は一点一点違う表情を見せ、どんなシーンにも合う。

■「玉川堂」のティーポット

ティーポット 金色 ¥60,000(税抜、受注生産)
ティーポット 金色 ¥60,000(税抜、受注生産)

料理研究家・有元葉子さんプロデュースのポットは、無形文化財の鎚起(ついき)銅器の技と、現代の生活スタイルや使い勝手を追求したフォルム。使うほどに美しさが増す逸品。

■KAORUシリーズの急須

KAORU NOIR ¥7,000(税抜)
KAORU NOIR ¥7,000(税抜)

日本のポットとして押さえておきたい、常滑焼の急須。陶土に多く含まれる酸化鉄が、お茶の渋みや苦みをまろやかに。釉薬をかけず焼きしめているため、水はけもいい。目の細かな茶こしも特徴。

問い合わせ先

  • うつわ楓 TEL:03-3402-8110
  • da arimoto yoko
  • タイム アンド スタイル ミッドタウン TEL:03-5413-3501
  • ※この情報は2016年4月1日時点のものになります。詳細はお問い合わせください。
この記事の執筆者
1978年生まれ。デザイン事務所、スタイリストのアシスタントを経て独立。主に食まわりのスタイリングを中心に、雑誌や書籍で活動。2008年から1年間、ベルギー・アントワープのレストランで、食ともてなしを学ぶ。将来の夢は、おばあさんになったら、小さな食堂のマダムをやること。 好きなもの:食べること、つくること、旅行、器、古いもの、食に関する学術書、職人
クレジット :
撮影/濱松朋子 スタイリング・料理・文/城 素穂