前回は、一戸建てをマンションに買い換えて財産を圧縮させる相続対策を紹介しました。

【前回記事:ふたりの子供に遺産を残すなら「不動産を売って、買う」が正解です】

東京・大田区の田園調布在住のサエコさん(72歳)は、3年前に夫が他界したあと広すぎる自宅を持て余していました。子どもたちが家に戻ることはなく、サエコさんも家を手放すことに抵抗がなかったため、それまで住んでいた一戸建てを売却し、小さなマンションを購入して、残りのお金は子どもたちに残すつもりでいました。

でも、相続税の計算をするとき、不動産は独自の計算方法によって時価よりも評価額が低くなるのが一般的です。時価が同じ現金や預金より、不動産にしておいたほうが相続では有利になるので、近年、不動産を活用した相続対策が注目されているのです。

相続は事前に考え行動しておく方が節税の可能性が高まります
相続は事前に考え行動しておく方が節税の可能性が高まります

そこで、税理士の福田真弓さんのアドバイスのもと、サエコさんは自宅を売却したお金でマンションを2つ購入し、財産の評価額を圧縮させながら、2人の子どもに平等に遺産分割する方法を選ぶことに。

とくにマンションはひとつの敷地を所有者みんなで一緒に持つことになるので、それぞれの人の持ち分が小さくなります。その結果、時価より相続税評価額が大幅に低くなるため、資産の圧縮に利用されています。今回はマンション投資で賃貸収入を得ながら、相続対策もしておく方法を考えてみましょう。

時価が同じでも、現金や預金に比べて財産の評価額が低くなる不動産

 相続税の課税対象になる財産には、現金や預金などの金融資産、土地や建物などの不動産、ゴルフ会員権、車やヨットなどの乗り物、貴金属、宝石などがあります。相続財産の価額は、被相続人(財産の所有者)が亡くなった日が基準になりますが、財産の種類によって評価額の決め方が異なります。

不動産には独自の計算方法があり、次のように土地と建物に分けて評価額を割り出します。

●土地

宅地は、一区画ごとに「路線価方式」「倍率方式」のいずれかの方法で評価する。

・路線価方式…おもに市街地にある宅地を対象にした評価方法で、土地が面している道路につけられた路線価をもとに算出する。その路線価に、土地の面積(地積)をかけたものが評価額になる。

・倍率方式…路線価が定められていない地域の土地を評価するときに用いられる方法。固定資産税評価額に一定の倍率をかけて計算する。

●建物

固定資産税評価額が相続税の評価額になる。おおむね取得時の価格の6割前後で、経過年数に応じて減少していく。

「こうして計算した不動産の評価額は、市場で売買されている時価よりも低くなるのが一般的です」。こう話すのは、『身近な人が亡くなった後の手続のすべて』(自由国民社)の著者で、相続や事業承継に詳しい税理士の福田真弓さんです。

「マンションの場合は、ひとつの大きな敷地を各住戸の所有者がみんなで一緒にもつことになります。とくに住戸数が多いほど、一住戸あたりの敷地権の割合が小さくなっていくので、一住戸あたりの土地の割合が低くなり、相続税の評価額も低くなるのです。この不動産の評価の方法に着目して相続税対策に利用されているのが、タワーマンションの不動産投資です」(福田さん)

タワーマンションの高層階、時価が高くても相続税の評価額は「低層階と同じ」⁉

35階建てなどのタワーマンションは、10階建てなどのマンションに比べると一棟あたりの戸数が桁違いです。そのため、ひとつの住戸で所有する土地の面積が非常に小さくなるのです。さらに相続税を計算するときの評価額は、建物部分である住戸の専有面積が同じなら、その部屋が何階にあっても変わりません。つまり、部屋があるのが1階でも、35階でも、広さが同じなら相続税の土地の評価額は同じなのです。

一方、市場での販売価格は、階があがるほど上昇していき、眺めがよい高層階ほど高額になるのが一般的です。ところが、相続税の評価額は高層階も低層階も同じなので、タワーマンションの高層階を購入すると時価と相続税評価額の差が大きくなり、将来、相続が発生したときには相続財産の評価額を大幅に引き下げられるというわけです。

 相続税の基礎控除額が引き下げられてから、富裕層を中心にタワーマンションを使った相続税の節税対策が広まったため、国税局によってこの手法は封じ込められそうな雰囲気になりました。

 実際、2017年度の税制改正で、2018年以降に引き渡される20階建て(高さ60m)を超える新築のタワーマンションの固定資産税は、高層階ほど増額するような修正が加えられました。見直されたのは固定資産税額の按分方法で、1階上がるごとに税額の按分のもととなる床面積が約0.26%大きくなるような計算方法がとられます。

 今後は、タワーマンションは低層階よりも高層階のほうが固定資産税額が高くなりますが、固定資産税の評価額が見直されたわけではないので、現状ではとくに大幅に相続税が増えるといった心配はなさそうです。

タワマン節税はまだ可能
タワマン節税はまだ可能

そのため、都心のタワーマンションが相続税対策に多く利用されており、福田さんは「路線価が高く、一棟あたりの住戸数が多い物件ほど資産の圧縮効果が高くなる」といいます。つまり、投資用のマンションも正しく利用すれば、相続を有利に進めるひとつの手段になるのです。

自宅を売却した資金の一部で、投資用にマンションを購入する

 前回、サエコさんは、自宅の土地・建物を売却した1億円で、マンションを2つ購入。そのひとつ(A)にサエコさんが住み、もうひとつ(B)には東京で暮らしている長男のイサムさんが住んで、サエコさんが亡くなったら、Aのマンションを長女のヒロコさんに渡して、節税しながら平等に遺産分割するための準備をしました。

 でも、同じ不動産を使った相続税対策でも、投資用のマンションを購入して賃貸収入を得ながら、将来、子どもたちに相続させるという方法もあります。

 この場合は、自宅の土地・建物を売却した1億円で、まずサエコさんが住むためのマンション(A)を5000万円で購入し、残りで2500万円の投資用マンションを2戸購入します(不動産の譲渡所得税は考慮していない)。

 都心のワンルームマンションなら、月10万~12万円程度で賃貸に出すことも可能です。そのままサエコさんが田園調布の広い家にひとりで住んでいてもお金は入ってきませんが、自宅を売却した資金の一部で投資用マンションを購入すれば、2つで年間240万~300万円の収入を得られます。

 そして、サエコさんが亡くなって相続が発生したら、この投資用マンションをふたりの子どもにひとつずつ分割するのです。

前述したように不動産は相続財産の評価額を大きく引き下げられるので、将来、相続が発生したときも有利です。たとえば、それぞれの評価額が半額程度になれば、総額1億円で購入したマンションも、相続財産は5000万円程度の評価になることもあります。

賃貸用の不動産を相続すると、評価額が5割引きになる特例もある

さらに、サエコさんが購入した投資用マンションを子どもたちが相続すると、「貸付事業用宅地等の小規模宅地等の特例」が利用できます。

「この特例は、亡くなった被相続人が所有して賃貸に出していた土地・建物を子どもが相続して、相続税の申告期限までに賃貸経営を引き継いだ場合は、敷地面積200㎡までの部分は土地の評価が5割引きになるというものです。一定の面積までは、サエコさんが住んでいた居住用のマンションに適用される『特定居住用宅地等の小規模宅地等の特例』とも併用可能です」(福田さん)

親から賃貸経営を引き継ぐ
親から賃貸経営を引き継ぐ

「特定居住用宅地等の小規模宅地等の特例」は、自宅の敷地を配偶者が相続するか、生前から同居していた親族が相続して住み続ける場合は、敷地面積330㎡までの部分は、土地の評価額が8割引きになるというもの。

同居していなかった親族でも、「家なき子特例」といって、相続前の3年間、相続する本人、またはその配偶者が所有する家に住んだことがなければ利用できます。子どもたちはふたりとも賃貸住宅暮らしなので、サエコさんの居住用マンションを相続すれば「家なき子特例」が利用できます。

 一戸建てからマンションに買い替えることで相続財産の評価を引き下げられる上に、投資用マンションを購入すると「小規模宅地等の特例」の利用の幅も広がります。1億円の資産があっても不動産を活用すれば、相続税の基礎控除内に抑えられるだけではなく、相続後も子どもたちは投資用マンションから収益を得られるのもメリットでしょう。

相続には「家なき子特例」を利用するべし

ひとつ注意しなければならないのは、サエコさんが住むマンションの相続の方法です。

 賃貸に出す投資用のマンションは2つ購入するので、ふたりの子どもたちにひとつずつ平等に分けられますが、サエコさんが住んでいたマンションはそのままでは分割できません。姉、弟のどちらか一方が相続すると財産が平等に分けられず、このマンションを巡って「争族」が勃発しないとも限りません。

【関連記事:「実家の土地と家」を有利に相続するためには?】

 かといって、どちらも相続せずに売却すると、「小規模宅地等の特例」が使えず、税負担が大きくなってしまいます。

「このケースでは、子どもたちがふたりとも賃貸住まいなので、両方が『家なき子特例』を利用できます。これを生かして、まずはサエコさんの居住用マンションを2分に1ずつ共有し、相続税の申告期限が過ぎてから売却すれば、税負担を抑えながら平等に現金で分割できます」(福田さん)

「特定居住用の小規模宅地等の特例」は、被相続人(亡くなった人)の住んでいたマイホームを、自分の家を持たない子どもが相続して、申告期限まで保有していれば適用されます。持ち家ではなく賃貸住宅で暮らしているふたりの子どもは、この要件に当てはまります。

まずはサエコさんのマンションは共有名義にし、特例を使って相続税を基礎控除の範囲内に抑え、相続税の申告が終わってしばらくたったら売却し現金化すれば、平等に財産を分割することが可能になります。

 持っていても誰も住まない家、使えないものは、収益を生む財産に組み替えておくようにしたいもの。投資用マンションは、その選択肢のひとつです。とはいえ、せっかくの投資用マンションも、借り手がつかず空室が続くと固定資産税などのコストによってマイナスの財産になってしまいます。 そうした失敗のないように、買い替え物件は慎重に選ぶようにしましょう。

監修者PROFILE
福田真弓(ふくだ まゆみ)さん
1973年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学経営学部卒。2003年1月に税理士登録。税理士法人タクトコンサルティングに入社し、富裕層への相続や事業承継対策を提案。2008年12月に独立。現在は、勤務税理士時代の資産税の経験をもとに、相続税・贈与税の税務申告をはじめ、会計税務やマネー全般に関する個別相談・提案業務などを行う。新聞記事へのコメント、雑誌の取材や記事執筆、講演、テレビ出演の実績も多数。共著の「身近な人が亡くなった後の手続のすべて」(自由国民社)が55万部を超えるベストセラーに。
この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。