イタリアでは単にコーヒーを飲むというだけでなく、情報交換や単なるおしゃべりなど、社交の中心となっているのがバール(飲食店)。そしてバールを代表する最もイタリアらしい飲み物がエスプレッソだ。あの独特の香りとコク、そして少量の濃いコーヒーをカウンターで立ち飲みし、わずか数分で立ち去るのがイタリアのバールの流儀と言ってもよい。エスプレッソはバールで飲むもの、というのが定説となっているが果たして家庭では美味しいエスプレッソは煎れられないものなのか? トレヴィーゾにある「ゴッピオン・カフェ」でその真偽をたずねて来た。
1960年代に作られた焙煎機
イタリアには約700件の焙煎所「トレファッツィオーネ」が存在するが超大手数社をのぞけばそのほとんどが地元を中心に流通している中小企業が多い。料理同様、イタリアには地域ごとにコーヒーの好みも異なるので焙煎所は地元の好みにあわせてコーヒーをブレンド、焙煎している。一般的に北イタリアは香りがよくほのかな酸味が特徴のアラビカ種のコーヒー豆を好み、ナポリなど南イタリアでは苦みが強く酸味がほとんどないロブスタ種のコーヒー豆を好むといわれる。ナポリのコーヒーはうまい、とよく言われるが濃厚で苦みの強いコーヒーはロブスタ種が中心だからであり、さらにいえば一般的にロブスタ種よりアラビカ種のほうが価格も安い。
戦後間もない1948年創業の「ゴッピオン・カフェ」は現在世界中からアラビカ種とロブスタ種を輸入、焙煎、ブレンドして地元やヴェネツィア中心に販売している。主な製品としてフェアトレードで有機栽培の豆を使った「ナティーヴォ」、ジャマイカのブルーマウンテンを使った「JA.BL.MO」アラビカ種とロブスタ種のブレンド「エスプレッソ・イタリアーノ」そして創業来作り続けている伝統のブレンド「ドルチェ」など現在業務用9種類、家庭用11種類を製造。また、正しいコーヒーの知識を知ってもらおうと立ち上げたコーヒー学校も人気で若いバリスタ志望者が受講しているという。
「ゴッピオン・カフェ」本社内にある特別試飲室で「エスプレッソ・イタリアーノ」と「ドルチェ」を飲ませてもらう。一杯ごとに専門のスタッフが豆を挽き、エスプレッソ・マシンにかけて高圧でコーヒー豆が持つ本来のアロマと油脂分を抽出し、滑らかなヘーゼルナッツ色の泡「クレーマ」を抽出する。まずは「ドルチェ」、これはアフリカと中南米産のアラビカ種90%とインド産ロブスタ種10%のブレンド。トロピカルな花を思わせるふくよかな香りとほのかな酸味、フルボディの味わいが特徴だ。一般的にヴェネト地方の人々がこの無とされるブレンドのタイプになる。一方「エスプレッソ・イタリアーノ」は、世界で最も美味しいコーヒー豆といわれるCSC認証を受けたブラジル産アラビカ100%で作り、複雑味と甘い舌触り、チョコレートのような後味がなんともいえない大人のエスプレッソだ。エスプレッソ・マシンの状態に左右されない技術を磨くため、試飲室のエスプレッソ・マシンは定期的に交換されているという。
では果たして家庭ではプロが煎れるエスプレッソの味は再現できないのだろうか?イタリアの一般家庭ではモカ・エスプレッソ、あるいはマキネッタと呼ばれる直火にかけるコーヒーメーカーを使ってコーヒーを煎れる。
「モカで煎れるとクレーマはできませんがアロマ、ボディ、酸味は変わりません。バールでは一杯ごとにバリスタが専用の道具にコーヒーを固く押し付こんでからエスプレッソ・マシンにかけますが、これは高圧をかけてエスプレッソを抽出するため。家庭用のモカは違うシステムなので逆にふんわり盛るほうが良い香りを抽出できます。バールの真似してぎゅうぎゅう押しては絶対にだめ」と教えてくれたのは創業者一族のパオラ・ゴッピオンさん。
コーヒーには水も重要なので社内ではカルシウムやミネラル分を除去して高度を下げる軟水化装置を導入、味に気を使っている。家庭でモカ・エスプレッソを使ってコーヒーを煎れる時、バランスよくそれだけでも美味しいヴェネツィア風にするなら「エスプレッソ・イタリアーノ」と日本のミネラルウォーターで作り、より濃いナポリ風ならばロブスタ種を使いヨーロッパの硬度が高いミネラルウォーターで作る。好みはそれぞれだが食後ならば、料理に合わせてコーヒーのタイプも使い分ける、というのは家庭でもエスプレッソの達人に近づけるひとつの方法かもしれない。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト