京都・古門前の骨董店の長女として生まれ、自身も京都・祇園でギャラリー「昂 -KYOTO-」を営んでいる永松仁美さん。永松さんの活躍は今や店舗内だけには留まらず、カフェや宿のコーディネート、百貨店でのイベント開催、書籍の出版など、多岐に渡っています。

また、プライベートでは2男1女の母であり、店を開くまでの15年間は専業主婦だったそう。専業主婦をしていた永松さんが、なぜお店を始めたのか? 続けていくなかで気づいたことや、出会いとは? そして京都ならではの商いとは? さまざまな視点から、永松さんの仕事ぶりに迫ります。

「いつかは・・・」と漠然と思っていた専業主婦時代

「短大を卒業してすぐに結婚し、店を始めるまでの約15年、専業主婦をしていました。結婚してしばらくは大阪に住んでいたんですが、当初は近くに知り合いもいないし、主人が仕事に行くと、密室で子供と自分だけの世界になるでしょ。商売人の家で生まれ育って、昔から人の出入りが激しくて、それが普通だと思っていたので、最初は慣れませんでしたね。専業主婦はとても楽しいこともたくさんありましたが、漠然といつか何か(商売を)したいなと、思っていました」

子育てに一区切りついたタイミングで店をスタート

「tessaido annex 昂」(永松さん所有写真)

「長男についで、次男も生まれ、次男が小学校に入ったらなにか始めたいと思っていて。そうこうしていたら、娘が生まれて。でも3人目は気持ちに余裕はあるものの、時間の余裕は少し減りました。ですが、父が亡くなったのがきっかけになり、父の名前から”昂”の字をもらって、36歳のときに「tessaido annex 昂」として京都・古門前通に、4坪だけの小さなアンティークショップを構えました」

骨董店の娘に生まれ、幼い頃から磨かれた審美眼

永松さんが「tessaido annex 昂」を始めたころ(永松さん所有写真)

「長年、専業主婦をやっていて、突然、アンティークの世界に飛び込んだんですが、普通に考えたら無謀ですよね。でも、私には幼いときからいろいろな骨董品を見せてもらってきた自信がありましたね。実家が骨董店を営んでいたので、器や書画、絵画など、古美術を自然と目にしたり、触れる機会が多くて。幼いころから最高のものを見せてもらってきましたし、そのことは両親にとても感謝しています。最高のものといっても、値段が高いということだけでなく、最高の空気感っていうのかな。例えばそれは高校のときに連れて行ってもらった、パリの都だったり。自分のお小遣いや価値観では見ることのないことを、無理矢理にでも見せてもらっていましたね。父はすでに他界してしまいましたが、今思うと『あ~、もう一度、話を聞きたいな』と思うことばかりです。父が言っていたことやしてくれたことも、今になったらわかることが多くて、記憶をたどって、今の自分を確認することが多いです」

アンティークショップからギャラリーへシフト

取材時は出口ふゆひさん(※2)の企画展の会期中であり、店内は出口さんの作品一色に

「現在は作家の器も扱っていますが、店を始めた当初はラリック(※1)など、アンティークがほとんどでしたね。骨董店を営む母から商品を借りて、売らしてもらっていたこともありました。でも、店を始めるうちに、実家の骨董店と同じようなことをしていてもダメだな、と思うようになって。じゃあ何ができるやろう?って考えた時、西洋アンティークは元々大好きでしたし、現代作家さんの器も家でよく使っていたので、フランスのガラスやイギリスのシルバー製品に、現代作家の器を組み合わせて提案できたら、自分らしいし、おもしろいんじゃないかと思って。作家さんの企画展もできたらいいなと考えていたら、ご縁あって辻村 唯さん(※3)と出会い、企画展を開かしてもらうことになりました」

人生初となるカフェのディレクションが転機に

祇園の路地奥に建つ小さな複合施設。2階には永松さんの店「昂-KYOTO-」、1階には永松さんがコーディネートした鍵善良房が手掛けるカフェ「ZEN CAFE」が入っている

「鍵善良房の今西善也さん(※1)からカフェを作るのだけど、器やインテリアのコーディネートが好きなんだったら、うちのカフェのコーディネートやってみませんか?とお声がけいただいて。そのころ、店をもう少し広い場所に移転したいと思っていたんですが、カフェの2階も貸して頂けることになって。2013年、自分がコーディネートした「zen cafe(※2)」と、その2階に名前も新たに「昂-KYOTO-」をオープンする運びになりました。

企画展のない時は、さまざまな作家さんの作品やヨーロッパのアンティークがディスプレーされている

店が広くなったぶん、商品も以前よりたくさん紹介できるようになり、フランスのガラスやイギリスのシルバー、北欧諸国の花器など西洋アンティークを中心に、現代作家さんの器や木工も取り扱ったり。歴史あるものに新しいものや異なる素材のものを組み合わせるなどして、ひとつの用途にとらわれない楽しみ方を提案できるようになりました」

仕事を一緒にしたい作家さんとはいつか繋がる

出口ふゆひさんの企画展のため、永松さんと出口さんが一緒に考えたスープ皿

「ギャラリーで扱っている作家さんとは、何らかの紹介で出会っています。いいなと思っている作家さんとは不思議なご縁で繋がっていくことが多いです。私は作品も大切ですが、人も大事だと思っているので、作品だけを見て扱うことを決めることはありません。年に4回企画展を行うんですが、その時は私も意見を出して一緒に作品を作ることもします。自分と合う方でないと一緒にモノづくりをするのは難しいですしね。でも逆に一緒にモノをつくると作家さんとコミュニケーションがすごくとれるようになりますし、一緒に作品をつくり上げたり、企画展を行ったとき、やってよかったと思ってもらえるようにしたいです。名の知れた陶芸家さんと仕事するときは、ほかの方がしていないコーディネートをしたいと思いますし、いつもと違うパッションが沸いてきます。また、若手の方と仕事をさせて頂くときは、作家さんのよさを尊重しつつ、今までにしたことのない世界に挑戦していただいたり。作家さんとは常にお互いを活かし合える関係でいたいと思っています」

持ち前のコーディネート力を活かした仕事が増加

永松さんが日々の暮らしの中で出会った作家や職人、店をエッセイと写真で紹介している『カスタムメイド京都(imura art + books)』

「2016年に出版した『カスタムメイド京都』では、作家や工房の方々と対話を重ねながらモノをつくりあげていくことの楽しさを記しました。また、うめだ阪急では過去に2回、私が京都の作家や老舗や工房と一緒につくり上げた”お誂え(おあつらえ)”を一堂に集めた『楽しき愛しきお誂え』というイベントも行いました。

うめだ阪急で開催されたイベント「楽しき愛しきお誂え」

「zencafe」をコーディネートして以来、有難く店舗のコーディネートを依頼されるようになりました。器とカトラリー、ファブリックを使ったテーブルコーディネートや料理撮影のスタイリングなど、スタイリングの仕事が本当に好きなんです。今後は撮影のスタイリングをもっとチャレンジしていきたいと思っています」

さまざまな雑誌で、お店だけでなく永松さん本人を取り上げられることが多く、それを見たお客様が訪れるという「昂-KYOTO-」。接客で大事にされていることや、お客様へ伝えたいこととは?

モノを知る、人を知る、古典を知ること

古伊万里にアンティークレースのコースターを組み合わせるなど、国や時代を超えたミックスコーディネートは永松さんのお得意

「今の時代、ネットでほとんどのものが買えるでしょ。西洋アンティークだってネットでたくさん出回っているし、プロじゃなくても売買できたり、値段だって比較できたり。私がいる意味ってなんなんだろう?って思うこともありましたが、アンティークがこの店にまでやってきた歴史、ストーリーを生きた言葉で『知識』として伝えることが大切だと思っています。もちろん、ネットでもたくさんの情報を手に入れることができますが、実際、自分が足を運んで見てきたものや先輩方に教えてもらった知識はネットでは絶対知り得ないこと。そして、いかにいろんなジャンルのスペシャリストを知っているか。モノを知る、人を知ることが今の時代、重要だと思います。

また、歴史や古典について知識を深めておくこともアンティークを扱う上では大切だと思っています。例えば、1900年代、それまで島国だった日本からさまざまな文化が海外に渡り、ヨーロッパでもジャポニスムが大ブームになって、その影響を受けたヨーロッパの文化がまたシルクロードを経由し、日本に戻ってきたり。ヨーロッパへは年に2回、買い付けに行っていますが、ヨーロッパのアンティークに日本を見たり、歴史を知っていると点と点が繋がり、物の見方も変わってきます」

人と人とのつながりを大切にした、京都ならではの商い

ぽち袋や絵はがき、ペンは必ず持ち歩いているという永松さん。ぽち袋はタクシーの運転手さんにお心づけを渡す際に使ったり、絵はがきは出先で購入した贈り物に一筆添えたい時に利用するそう

「雑誌に取り上げられている記事を見て来てくださる方もいらっしゃったり、京都以外のお客さまも多いです。京都に来るたびに立ち寄ってくださったりすると、うれしいです。打ち合わせや買い付けなどで以前より店にいる時間は少なくなりましたが、自分がいないときでも、お客様がいつ来てくださって、何を購入されたかは把握するようにしています。覚えていることが、お客さまに対するいちばんの敬意だなと思うんです。旅行で京都にいらっしゃったお客さまのコンシェルジュであることも、大切に思います。

例えば、お客様の要望に合わせて知り合いの店を紹介したり。京都は小さい街なので、商売人や職人など、街のみんなで支えあって暮らしているんだと思うんです。それが保守的と思われることもありますが、実際、そのお客さまが知り合いの店に行かれたときに、ご紹介させていただいたことで話が弾んだり、旅行で来た方と京都の街や人をつなげられたらいいな…と思っています」

モノを売るだけではない、お客様に伝えたいこと

 

「染織家の吉岡幸雄先生(※3)から『古典や歴史的背景を知ることで、点と点がつながってもっとおもしろいことができるはず。そしてそれをあなたが次世代に伝えていかないと。だから勉強しなさいよ』ってよく言われるんです。私自身も古典を知らないと現代を語れないと思っていますし、アンティークや現代作家が好きな方も歴史を知っているほうが、絶対に物に対する想いがより深まると思いますよ」

「格」を意識することで、自分自身も見えてくる

「私がこういう世界で仕事をさせてもらっていて感じるのが、”格を合わせること”がいかに大事か。例えば、バカラのグラスにプラスチックのコースターはどこかぎこちないし。シンプルな白いお皿ひとつとっても、量産品と手仕事のものはどこか違うし。着物や数寄屋建築など、日本はもともと格を重んじる世界。格とは値段だけの話でなく、時代や素材、デザイン、ワザなどいろんなことから成り立っています。格を意識してモノを見ると、これなら私にも背伸びして買えるとか、私にはまだちょっと早いかなとか、自分自身を知ることにもなります」

自分のバックグラウンドは、自分でつくる

永松さんと娘さんが一緒に行ったヨーロッパ旅行(永松さん提供)

「京都という町に生まれると、どうしても『どこどこお嬢さん、〇〇ちゃんのママ』というくくりで、良くも悪くも話がスムーズに通用する利便さのなかで育ちました。店を始めたころもそうでした。ただ自分の店を持った以上、どこの誰でもなく、永松仁美という人間でいなければならない意味を考え直す、いい機会となりました。もちろん、親のつながりや子のつながりで広がった世界も大切です。京都という街は特につながりで成り立っているので、ありがたいことはいっぱいありました。

また、店を始めたときの夢のひとつに、自分で働いて貯めたお金で娘をヨーロッパ連れていきたいと思っていて。5年前に夢が叶って連れて行くことができて。そのときはうれしかったですね。彼女はまだ小学校5年生だったんですが、蚤の市に連れていったり、これだけは食べといたらいいと思うものを食べさせたり、イヤイヤながら彼女は従っていて。まったく一緒なんですよ、私が子供の時に親に連れていかれたヨーロッパ旅行と! 私も(幼少時、父に連れていってもらったパリ旅行が)今となったら貴重な経験をさせてもらったなぁと思っているからこそ、彼女も子供ながらに感じることがあったらいいと思っています」

背伸びせず、自分のできる範囲で自分らしく生きる

永松さんの「今」と「歴史」が詰まった愛用のポーチや名刺入れたち

「手を広げず、自分でできる範囲のことをやる。これは4坪の店をはじめた時からいまだに変わっていませんね。店やイベントなどのコーディネートをする際も、ばっくりとプロデュースだけして、人任せには絶対したくないです。これからどうしていきたいかってよく聞かれるんですが、今の仕事がすごく楽しいので、今のままがいいです。というか、楽しいけども、ほんと毎日、必死なんです。現状維持って意外と難しいと思います」

幼い時から培われた審美眼に加え、骨董やアンティークに対するさらなる知識を養い、現代作家との親交も深め、さまざまな仕事に挑戦する永松さん。有名骨董店の長女として生まれ、3人のお子さんの母である永松さんが○○の娘さんでも○○のママでもない”自分”を確立していく姿は参考になります。今もいろいろなプロジェクトを進行中という永松さんの活躍から、目が離せません。

PROFILE
永松仁美(ながまつ ひとみ)さん
1972年、京都・古門前の骨董店の長女として生まれる。ヨーロッパのアンティークと現代作家の器を取り扱う「昂-KYOTO-」を営むほか、店舗のコーディネートや百貨店でのイベント開催、エッセイ本も出版している。
(※1)鍵善良房の今西善也さん:京都祇園の老舗和菓子屋「鍵善良房」の代表取締役社長
(※2)zen cafe:鍵善良房のカフェ。鍵善良房の伝統を土台にしながら、すなおであたらしい日常の和菓子をテーマに、祇園の路地裏の一軒家でさまざまな試みを行う
(※3)染織家の吉岡幸雄先生:染織史家・染色家。染司よしおか五代目当主。美術図書出版「紫紅社」代表。古代の染色技術、薬師寺、東大寺などの文化財の復元、執筆業、講演などの活動を行う
この記事の執筆者
TEXT :
Precious.jp編集部 
2018.7.17 更新
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PHOTO :
香西ジュン
WRITING :
天野準子