2021年3月12日(金)より、初の主演映画『すくってごらん』が公開される尾上松也さん。松也さんが演じるのは、大都会から小さな田舎町へ左遷されたエリート銀行マン。映画はプライドとコンプレックスの間で葛藤する男の物語を描いていきますが、そのきっかけとなるのが、町で盛んに行われている「金魚すくい」というのが斬新です。
作品の斬新さはもうひとつ、セリフの多くがラップも含めた歌であること。出演においては、「通り一遍の作品には出演したくない」という松也さんの、ミュージカル俳優としての選択もあったようです。
ミュージカルへの興味の出発点は、「ライオンキング」
──『すくってごらん』では歌いまくっていますが、ミュージカルをやっていらっしゃるから、望むところという感じだったのでしょうか?
舞台ではミュージカルにも出演させていただいておりますので、ミュージカル映画に出演してみたい気持ちもありましたね。とはいえ、この映画がミュージカル映画なのかと聞かれれば、そうでもないような気もするのですが。
音楽を取り入れた映画には出演してみたいなという気持ちはありましたので。自分のやりたいこととも一致したのかなと思います。
──歌舞伎俳優の方がミュージカルにコンスタントに出演しているのはちょっと珍しいですよね。きっかけはあったのでしょうか?
四代目市川猿之助さんに連れて行っていただいて初めて観た、劇団四季のミュージカル「ライオンキング」にハマりました。それからカラオケで歌うようになったんです。そのうちにミュージカルに出たいと思い始めて、オーディションも受けるようになりました。
ちょうどその頃に父親を亡くしまして。家族もおりますので、自分がなんとかしなくてはいけないという空気になっていきました。
ですが僕も当時は20歳くらいでまだまだ子供、とてもダメージを受けていた母と妹を受け止めきれなかった。友達も気をつかって誘い出してくれていましたし、あまり家にいないようにしていた気がします。その頃が一番カラオケに行ってましたね。
初日舞台直前のゲネプロで「どうにでもなれ」と開き直って
──転機になったのは?
2012年、蜷川幸雄さん演出の「ボクの四谷怪談」シアターコクーンですね。その間に歌舞伎の自主公演「挑む」を主宰したり、オーディションを受けたりしていました。そういうことの積み重ねが、その後の出会いへと繋がったという感じです。
お稽古は「彩の国さいたま芸術劇場」の稽古場で毎日していて、ソロで歌わなければいけないシーンもあったのですが、蜷川さんに「もっと出せ、もっと出せ」と言われて、なかなかOK 出なかったという思い出があります。
蜷川さんは具体的な「こうしろああしろ」というご指導はなく、もっと考えろ! 他になんかないの? というご指導で。毎日それはもう悩んで、初日開く前のゲネプロで「もうどうにでもなれ」と開き直り、とにかく思いっきり表現をしてみたら、やっと笑顔になっていただけた。それは自分の中では役者としても、何か一皮むけた瞬間でしたね。
──リミッターを外すような?
リミッターを外す、というより、リミッターがあることと、それが外れる瞬間がどういうものかに、気づけるかどうかということですかね。
自然にできる方もいらっしゃるのかもしれませんが、僕の場合は相当追い込まれた結果で、その瞬間までは「つもり」だったんだなと。解き放たれた瞬間って、こういうことなんだ──簡単に言うと羞恥心を完全に捨てるというか──ということが、そのとき初めてわかりました。
わかってしまえば、解放するかしないかは、自分で制御できるようになる。そのままにしておくこともできますし、必要なときに開放することもできる。それを知ってるか知らないかは、結構大きいなと僕は思いました。
──羞恥心が消えるというのは、気持ちいいんですか?
「気持ちいい」という感覚もあるかもしれないですね。その役やシチュエーションによっては。このときは解放することが爽快でした。
自分の中にずっとあった壁が取り払われたら、自分の中にある自分が見てこなかった──経験したことのなかった感情や、見えてこなかった世界というのがそこにあって。すごく自分でも驚きましたし、手応えを感じた瞬間でした。
ラストチャンスだと覚悟していた28歳
──蜷川さんの舞台に出演することって、演劇人としてはすごく大きなことですよね。
オファーをいただいたときは、「こんなチャンスは二度とない」と思うと同時に、ラストチャンスだとも思いました。
別に何の根拠があるわけではないのですが、30歳までが役者としてのリミットだと思っていたんです。そこまでに結果が出なければ、もがくのはやめて、流れに身を任せるしかない。オファーはタイムリミットが迫る中、28歳のときでしたから。
というのも、蜷川さんの舞台であれば多くの業界関係者が来られるのはわかっていましたし、ここでアピールができなかったら、僕には何の見込みもない。だからこそ死ぬ気で挑もうと思いましたし、舞台を作るチームの一員としては本来よくないのかもしれませんが、若手ばかりの共演者の中で、誰よりも目立ってやろうという気持ちでいました。
──それが、ミュージカル俳優なら誰もが望む、小池修一郎さん演出「エリザベート」への出演につながるんですね。
小池さんは、まさにその蜷川さんの舞台の初日を観に来てくださっていました。それでミュージカル界での道筋が見えてきた。
最初は、その翌年となる2013年の「ロミオ&ジュリエット」で、オーディションを経て出演し、ソロもやらせていただいて。2015年に「エリザベート」が新キャストになると聞いたとき、「出演のチャンスがあるかもしれない」と願っていたら、叶いました。すごく嬉しかったですね。
──エリザベートの相手役であるトート(死神)でなく、狂言回しでもあるエリザベートの暗殺者、ルキーニ役というのが、松也さんらしいと思いました。
トートもいつかは自分で演じてみたいお役ですが、宝塚のトップスターの方が演じるカッコよさが今のトートの原型になっていて、ちょっと僕の任に合わない気がするんです。
ルキーニはもっと自由で、自分のカラーによって変化させながら演じられる、そういうやりがいもすごくあるお役ですので、僕が演じるならばルキーニのほうが絶対に面白いだろうなと。ですので本当に、望んでいたとおりでした。
以上、尾上松也さんのインタビュー第2回をお届けしました。
明日公開の記事では、映画や歌舞伎、テレビなど、さまざまなエンターテインメントの世界で活躍する松也さんに、コロナ禍で考えたことや自身の取り組み、自粛期間中にハマったものなどについてうかがいました。こちらもぜひお楽しみに!
<『すくってごらん』作品情報>
とある失敗で左遷されたプライドは高いがネガティブな銀行員・香芝誠が、都会から遠く離れた地で出会った「金魚すくい」を通じて、思いもよらない成長をしていく物語。香芝を演じるのは映画初主演の尾上松也。彼が一目ぼれする美女・吉乃を初のヒロイン役となる百田夏菜子が務める。
原作は世界初の金魚すくいマンガにして、<このマンガがすごい!>にもランクインした傑作マンガ『すくってごらん』(大谷紀子/講談社)。メガホンをとったのは、長編デビュー作『ボクは坊さん。』で高い評価を受けた俊英・真壁幸紀。原作と同じ奈良県を舞台に「和」の世界と斬新な映像表現を融合させ、大胆かつ優雅、そして華麗なるエンターテインメントを誕生させた。
出演:尾上松也 百田夏菜子 柿澤勇人 石田ニコル ほか
原作:大谷紀子『すくってごらん』(講談社「BE LOVE」所載)
監督:真壁幸紀
脚本:土城温美
音楽:鈴木大輔
2021年3月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国ロードショー
(C)2020映画「すくってごらん」製作委員会 (C)大谷紀子/講談社
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- 小倉雄一郎
- STYLIST :
- 椎名宣光
- HAIR MAKE :
- 岡田泰宜(PATIONN)
- WRITING :
- 渥美志保
- EDIT :
- 谷 花生