働き方、生き方…さまざまな価値観が揺らぐ今、ときに自分を、未来を見失いそうにもなりますが、大丈夫! 私たちには“本”があります。目利き揃いの読書家たちが"今"を見つめた珠玉のブックセレクトをお届けします。
雑誌『Precious』5月号では特集「知的欲求を満たすニュー・ノーマル時代の読書案内」を展開中。その特集のなかから、本記事では漫画家・ヤマザキマリさんが推薦する「猫本」をご紹介。
猫は人生にとって、最良のパートナーであるとヤマザキさんが選んだ4冊の「猫本」は教えてくれます。
愛らしいだけではない。人間という生き物のあり方まで問う猫本
とにかく人間に対して必要なとき以外は従順でないところが好きだ。わが家の代々の猫も、膝にも乗らなければ抱っこもさせない。人間に寄生する野生動物みたいなものだ。これまで2度ほど猫の出産に立ち会ったことがある。
ふだんはふてぶてしい雌猫が、出産を見守ってほしいと訴えてきたのだ。少しでもその場を離れようとすれば、「行くな!」と鳴く。偉そうにしていても、所詮は私が彼女にとって子分でしかないことをよくわかっている。人間の奢りや虚勢を、猫はすっかり見破っている。
今回選んだ猫本は、意図せずすべて「70歳オーバーの男性と猫」だった。4人とも創作家として社会的な評価が高いにもかかわらず、孤高とともにあるという点では皆共通している。そのくせ人一倍寂しがり屋の彼らを癒してくれる存在は猫だけなのだ。
養老先生は愛猫を「私の生きることの"ものさし"である」と語っているが、私もこの言葉に深く同意する。相手の理想に合わせない。こちらも理想を強いることをしない。等身大のまま、自然に寄り添える。猫は人生にとって、最良のパートナーなのである。
■1:「勝手にやってる」人と猫。読めば、心が楽になる『NHK ネコメンタリー 猫も、杓子も。猫も老人も、役立たずでけっこう』
「人間よりも猫と虫を信頼している(それは私も同じ)養老先生。先生が乗り移ったかと思うほど同じ顔をしていた愛猫のまるは、昨年末に亡くなってしまったけれど、『まるをものさしにすることで、自分のものさしがリセットされる』という存在だった。
『役立たずでけっこう』と言い切る先生とまるの日常には、コロナ禍で忘れられがちな大切なことが、たくさん散りばめられている」
■2:瀕死のカモメと交わした約束を守る猫たちが尊い『カモメに飛ぶことを教えた猫』
「イタリアではアニメにもなっている大ベストセラー。児童文学とされているが、著者自身が『8歳から88歳まで読んでほしい』と言っているほど内容は哲学的。
猫たちが、本来ならば狩の対象であるカモメの子供を、飛べるようになるまでサポートしていく物語で、差別や、異文化との齟齬といった問題を盛り込みながら、理想の人間社会を描く。想像力の大切さに改めて気付かされる」
■3:百閒先生の取り乱しっぷりに呆れつつも涙する猫本の古典『ノラや』
「これはもう、愛する猫がいなくなって気が変になりそうになっている老人の戯れ言(笑)。明治の人だから猫の扱いも今とは違い、決して動物愛護的ではないが、それでも猫がいないと生きていけない、と、周りが呆れかえるほど狼狽する。
あの猫に対する思い入れ、猫を失ったら自分はダメになってしまうんじゃないか、という感覚は、猫を飼っている人ならば誰もが理解できるはず」
■4:SF界の巨匠、あの知の巨人を司っていたのは猫だった!『小松左京の猫理想郷ネコトピア』
「SF好きで、小松左京の本はずっと読んでいたし、彼が猫好きなのは知っていたが、猫にまつわる数々の文章を集めたこの本は特に素晴らしい。ぶっ飛んでいる(笑)。
深夜、執筆中でも呼ばれればペンを止め、猫のために戸を開ける。猫のお尻をちょっと押したのが逆鱗に触れて全身血まみれにされる…あの知の巨人を司っていたのは猫だったのだ。開高健と中村紘子との対談も強烈!」
※掲載した商品はすべて税込です。
- PHOTO :
- 唐澤光也(RED POINT)
- WRITING :
- 本庄真穂
- EDIT&WRITING :
- 剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)