食の世界では保守的そのもののイタリアでは、外国料理が評価を受けるのは並大抵のことではない。例えばルネサンス発祥の地フィレンツェを例にとってみてもフランス料理店はゼロ。日本料理、メキシコ料理、インド料理などもそれぞれ数件存在するのみで、レストランの90%以上はイタリア料理、しかもフィレンツェがあるトスカーナ料理店だ。
イタリアにもモダン・チャイニーズ・ブームが到来!
しかし唯一の例外的存在が中国料理で、フィレンツェにはいまや数百件が存在する。しかしイタリアでは中国料理「でも」食べるか。あるいは、「美味しい」中国料理なら食べてもいい、と条件付きで語られることが多かった。というのも大多数の外国にある中国料理店同様「安かろう、うまくなかろう」という店が多かったのも厳然たる事実だったのだから。
新世代モダン・チャイニーズを代表する「エレメント」
とはいえ近年ではイタリア生まれの若い中国人が意欲的にレストラン経営に乗り出し、注目店が次々に誕生している。フィレンツェ郊外のチャイナタウンであるオスマンノーロ地区に2020年秋にオープンした「エレメント」は、そんな新世代モダン・チャイニーズを代表する一軒だ。
「エレメント」の料理の特徴はファーストフード的立ち位置にあるディムサム、つまり点心をひとつひとつ丁寧に仕上げたファーストとは対極あるスロークッキングを取り入れたこと。日本人には懐かしい焼売や餃子などが、一皿づつ美しいプレゼンテーションで登場する、その味とスタイルがイタリア人にもうけているのだ。
例えばコース仕立てで最初に登場する前菜は、ニンジンに見立てたカブのフリット、さくさくにあげた牡蠣のフリット、叉焼温玉の3種盛りで、それぞれ一口サイズの熱々がいただける。ついで自慢の点心は焼売、餃子、小籠包の定番3点セットだが、生地にサフランやビーツ、イカスミを練り込むなど、味はもちろん見た目の美しさにも力を入れている。豆鼓を使った「ホタテ貝柱のレッドカレーソース」はマレーシアあたりの華僑料理を思わせるスパイシーな味付け。
続く「エビの蒸し餅」は中国人シェフならではのパスタ=麺、餅技術の高さをうかがわせる一品。餅米で作った生地はとても滑らかで口当たりがよく、中にはスープとエビが忍ばせてあり一口サイズのミニ小籠包といったスタイルだ。「家鴨胸肉と鴨の肝のフォワグラ仕立て」は東洋と西洋が出会った味。続く「マテ貝のフリット」も軽くてさくさく。海鮮中華の本領発揮、という感じだ。
メインに登場したのが「北京ダックと豚の紅焼」北京ダックは包まずに一口サイズの餅の上にトッピング。甘辛い甜麺醤のソースと山椒の香りがなんとも心地よい。豚の紅焼は醤油やはちみつを塗りながらオーブンで焼き上げたもの。柔らかい火入れでジューシーな豚の旨味が際立ち、甘さの中にオリエンタルな香りも隠れている。ここまで驚嘆しながら料理をいただいているとシェフが登場した。
「エレメント」オープンにあたって香港から招聘されたシェフ、チャン・キンヤン氏は若いながらも中国本土で数々の受賞歴を持つ実力派。「イタリア人に中国の長い歴史が育んできた様々な点心や麺料理を味わってもらいたい」というだけに今後のメニューにも期待が持てる。
イタリアではファッション界と強く結びついているだけに、中国の存在感は増すばかり。しかし美食の世界においても、いまや新しい中国の才能が次々に誕生しているその事実には目を見張るものがある。そうしたモダン・チャイニーズ・ブームの先駆けとなるか?「エレメント」の次なる斬新な新メニューにも注目したい。
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト