これまでこの連載で辿ってきたダンディたちに共通するのは、「命がけ」という、生のあり方である。あるものは革命に、あるものはボクシングに、またあるものは詩作に自らの命の危険を省みず挑んでいった男たち。ぼくたちは彼らのたったひとりの戦争の物語に命の深い部分を揺さぶられるわけだが、そのダンディズムの舞台が「遊び」であったらどうだろう? 「遊び」に命をかける男にダンディズムを語る資格は、ありや、なしや?
1976年11月、英国人レーサー、ジェームス・ハントは、富士スピードウェイで開催されたF1グランプリ、シーズン最終戦で、その年のドライバーズチャンピオンに輝いた。彼がチャンピオンになったのはそれが最初で最後である。しかし、その後ハントの名前はF1ファンのみならず、’70年代に青春を送った男たちにとって忘れがたいものとなる。むろん年間チャンピオンシップの獲得回数では、ハントを凌ぐものは少なくない。最多記録保持者、ミハエル・シューマッハ、チャンピオン、セバスチャン・ベッテル、あるいはハントの最大のライバルであったニキ・ラウダ。だがハントは記録では劣っても、記憶では彼らにいっさいヒケをとっていない。
やりたい放題を貫いた45年の生涯
45年という短い人生を、言葉は悪いが「やりたい放題」で走りぬいたハント。2014年にはロン・ハワードが『ラッシュ』という映画でハントとライバル、ラウダの友情と激闘を綴り、大ヒットしたのは筆者の記憶にも新しい。
第二次大戦終結から2年後の1947年、ハントはロンドン郊外の裕福な株式仲介人の家に生まれる。日本でいう団塊の世代である。この世代は概して伝統的な価値観に反抗的である。それに加えて生来のきかん気。ハントは学業よりも抜群の運動能力を生かし、テニスやクリケットなどのスポーツに熱中する。
18歳の誕生日、イングランドのシルバーストーンサーキットで初めてカーレースを見たハントは、なんとその場でF1の世界チャンピオンになることを決意してしまう。医者への道を望む親の反対を押しのけて、ハントのカーレース人生がスタートするのだ。
ジュニアフォーミュラで活躍し始めたハントの才能に最初に注目したのは遊び好きの貴族、アレクサンダー・ヘスケス卿だ。資金に困るハントはヘスケスが立ち上げたレーシングチームからの誘いに一も二もなくのる。
ハントとヘスケスチームはF3、F2と順調にステップアップしていき、1973年には念願のF1に進出、わすが2シーズン後の1975年にはオランダGP優勝と夢のような軌跡を残す。ところがヘスケスのところで開花したハントの才能はドライビングテクニックだけではなかったのだ。
元来、カーレースは上流階級のお遊びという側面がある。お遊びであるからには飲めや歌えやもついてくる。レース前のパーティ、その後のドンちゃん騒ぎ。チームには専用のロールスロイス、ヘリ、ヨットまで備わっている。それらすべてが、ハントのためにあるといってよかった。レースでの目標はなにか? という問いにハントはこう答えている。「シャンパン、マルボロ、シャギング(=セックス)」
マルボロとは言っているものの、実のところはドラッグである。
若く、ハンサムで長身、カーレースでは飛ぶ鳥を落とす勢いのプレイボーイをマスコミが放って置くわけがない。ハントの名前はレースに勝っても負けてもヘッドラインになる。
レースはもちろん酒も女もガンガン攻める。すべては遊びだ。そんなハントの生き方は世界の若者にとって自由の象徴だったのである。
豪雨の富士でチャンピオン獲得! して、その後は……
その頂点ともいうべきイベントが、マクラーレンフォードのファーストドライバーとして迎えた日本でのグランプリ最終戦だったのだ。
宿敵ニキ・ラウダはドイツGPでの炎上事故から奇跡的に回復。しかし、ラウダはその時点でポイントで3点上回っている。
富士スピードウェイのコンディションは夜半からの雨で最悪だ。幸いにもラウダはコース各所の水溜りと霧による視界の悪さで2周目でレースを棄権。首位のハントは4位以内に入れば年間チャンピオン決定という有利この上ないポジションだ。
レース終盤、路面はドライに変わりウェットタイヤの空気漏れでハントのマクラーレンは急失速。慌ててピットインするも、あと5周というところで順位は5位に転落する。しかし遊びの女神はハントを見捨てなかった。
猛ラッシュをかけたハントは2台をかわし、3位にすべりこみ、念願のドライバーズチャンピオンを獲得するのだ。
しかし、それだけならハントの物語としてはもの足りないではないか。大逆転劇の前夜、この疾走するダンディは、なんと英国航空のCA総勢33人と東京のホテルの部屋で狂乱を演じていたのである。
- TEXT :
- 林 信朗 服飾評論家
- BY :
- MEN'S Precious2014年冬号 孤高のダンディズム烈伝より
- クレジット :
- イラスト/木村タカヒロ