ヴェネトの山奥にある自給自足の名店「Dolada(ドラーダ)」から谷を挟んでわずか8km、車ならば15分の距離にあるのが1900年創業の老舗料理旅館「Locanda San Lorenzo(ロカンダ・サン・ロレンツォ)」だ。山深いプオス・ダルパーゴに地に小さなオステリアを開いたのがOsvaldo Dal Farra(オズヴァルド・ダル・ファッラ)。現在のシェフ、Enzo Dal Farra(エンツォ・ダル・ファッラ)の祖父にあたる人物だ。

街道筋の食堂は100年の間にリストランテ、さらには11室を備えるホテルとして拡充し、1997年にはついにミシュラン1つ星を獲得する。イタリアのストロングポイントと呼ばれる家族経営が成功した例であり、1つ星とはいえ開業当初から続く「ロカンダ=料理旅館」のアイデンティティを今も色濃く受け継ぎ、土地の伝統を踏襲し続けている。

1900年創業の料理旅館ロカンダ・サン・ロレンツォ

日本との縁も深いシェフのエンツォ(右)その穏やかな人柄は多くの日本人料理人に慕われている。
日本との縁も深いシェフのエンツォ(右)その穏やかな人柄は多くの日本人料理人に慕われている。

「うちのレストランには多くの日本人が働いてくれたし、彼らはわたしにも多くのものを残してくれた。日本にはレストラン・フェアで1か月以上行ったこともありますよ」とわれわれを迎えてくれたシェフ、エンツォは話してくれた。

日本の餃子をイメージした料理も!

イタリアでもカタツムリはよく食べられている食材。これはバターでソテーしたカタツムリにパン粉をつけて揚げたイタリア風エスカルゴ。
イタリアでもカタツムリはよく食べられている食材。これはバターでソテーしたカタツムリにパン粉をつけて揚げたイタリア風エスカルゴ。

この夜試したのが2種類あるメニュー・デグスタツィオーネからつまり地元の特性をより強く打ち出したメニューだ。アミューズとしてジャガイモのビシソワーズ風冷たいスープと自家製のスモークサーモンの後に登場したのが「カタツムリのクロッカンテ、ニンニクとハーブのソース」だ。バターでソテーしたカタツムリにハーブ・パン粉をまぶして火を入れた料理。軽いニンニクとプレッツェーモロのソースがとてもよくあう。

日本の餃子をイメージしたという「イアオツィ」中身は子羊、キノコ、野菜などなどどこか懐かしい味わい。
日本の餃子をイメージしたという「イアオツィ」中身は子羊、キノコ、野菜などなどどこか懐かしい味わい。

メニューを眺めている時気になったのが「イアオツィ」という未知のパスタ。サービスを担当するマーラ夫人に尋ねたところ「以前うちの店に中国人の料理人がいて、彼が残してくれた中国風のラヴィオリです」というではないか。ジャオツーつまり餃子のことだ。マーラ夫人が持ってきてくれたのはしいたけと醤油の出汁、ごま油、黒酢、XO醬がきいた一口サイズの蒸し餃子だった。詰め物は子羊。

地元産の鹿肉を使った手打ちパスタ「タリアテッレ」、その滑らかな食感は忘れられない。
地元産の鹿肉を使った手打ちパスタ「タリアテッレ」、その滑らかな食感は忘れられない。

ヴェネト州ロヴィーゴにある手工業的家内生産パスタメーカー「フラカッソ」のタリアテッレだが、なんと2枚使ってリピエーノにしてあった!詰め物は鹿肉のラグー。さらにカボチャのカンディータ、フランボワーズを砂糖とヴィネガーでマリネした「サオール」ソース、さらにプレッツェーモロのソース。甘さと塩味、酸味のコントラスト。

これが「ロカンダ・サン・ロレンツォ」のスペシャリティ「子羊のデグスタツィオーネ」。子羊を余すことなく味わいつくす、究極の羊料理。
これが「ロカンダ・サン・ロレンツォ」のスペシャリティ「子羊のデグスタツィオーネ」。子羊を余すことなく味わいつくす、究極の羊料理。

この夜のハイライトはなんといってもこの子羊料理だろう。エンツォが説明したところによれば、アルパーゴ産の子羊はスローフード協会の保護対象食材プレシディオに指定されたおり、この地域でもわずか3000頭しかいない希少な羊。脂と赤身のバランスがとれた柔らかい肉質もさることながら素晴らしかったのはその調理法だ。腿のロースト、胸線肉のフリット、背ロースのロースト、腿肉のカルパッチョ、脳のフリット、レバーのフリットなどなどありとあわゆる部位を異なる調理法で食べる、まさにアルパーゴ子羊を味わい尽くす一皿。あわせたワインはVal de Pol "CORS" Pinot Nero 2017。いや、すごかった。

最後のデザートはシチリアを代表するデザート「カンノーロ」、通常は筒状なのだがこれは要素を分解、再構築した分解カンノーロ。
最後のデザートはシチリアを代表するデザート「カンノーロ」、通常は筒状なのだがこれは要素を分解、再構築した分解カンノーロ。

プレデザートの後に登場したのはカンノーロと、ドロミティ産蜂蜜、ピンク・グレープフルーツ、サンブーコの花の3種のジェラート。香り高く、清廉なドルチェだったがあくまでも強烈だったのはアルパーゴの子羊。その料理の印象がいつまでも抜けなかった。

ロカンダ・サン・ロレンツォ

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。