マッシミリアーノはデビュー当時から少年のような明るいキャラクターから生まれる斬新な発想とクリエイティビティが際立っていたが、それは45才になった現在も全く変わらない。20代の頃と同様マッシミリアーノが作る料理は楽しくて斬新、しかしその根幹にあるのは確固たるイタリアの味だ。
北イタリアのルバーノにある「レ・カランドレ」
17年連続で3つ星を維持しているにも関わらず「グラン・メゾン」という言葉が似合わないと感じるのは、店に漂うそのカジュアルな空気ゆえだろう。
いまでこそファイン・ダイニングの世界では主流のスタイルとなったミニマルなインテリアとカジュアルな制服、テーブルクロスのないダイニング、というのはイタリアの3つ星では「レ・カランドレ」が史上初めて導入したスタイルだ。
「ダル・ペスカトーレ」「エノテカ・ピンキオーリ」「ドン・アルフォンソ」といった殿堂入りに値する名店たちはいずれもフランス志向の「グラン・メゾン」のスタイルだったが、その意味では「レ・カランドレ」以前と以後ではイタリアのファイニン・ダイニング界の流れは大きく変わり、時代はミニマルなスタイルへとシフトしていった、といえるだろう。
「レ・カランドレ」では3つ星レストランには珍しく、コースメニューのカスタマイズが可能だ。
「ここはレストランですから、ゲストには自由に料理を楽しんでいただきたい。ですからメニューの皿数や構成を自由に変えることももちろん可能なのです。」とマッシミリアーノ。
彼自身が持つ明るいキャラクターとホスピタリティに加え、どんなリクエストにも対応可能な柔軟性と懐の深さ。これこそが「レ・カランドレ」を居心地の良い店にしている最大のエレメントではないかと思う。今回試したのはマッシミリアーノの白紙委任状「カルタ・ビアンカ」だ。
確固たるイタリアの味をカジュアルに
マッシミリアーノが20年以上作り続けている「レ・カランドレ」の代表的料理。原点は2002年当時すでに発表していた「イカスミのカプチーノ」にあるが、これはその究極の進化系だ。ムリーナとはヴェネツィアン・ガラスの代表的手法のひとつで、渦巻き状の文様のこと。
マスカルポーネとジャガイモで作った滑らかなピューレの下に温かいイカスミのスープが隠れており、ピューレの上にはムリーナが作り出す万華鏡のごとく、さまざまな色彩が混ざり合って美しい文様を描いている。
緑はほうれん草、赤はビーツ、黄緑はプレッツェーモロ、茶色はウニ、黒はイカスミ、そして仕上げのひとしずく、オリーブオイルのダイレクトな旨味。そうしたさまざまな構成要素はひとつひとつ味わうのではなく、大胆にも混ぜて食べてほしいとマッシミリアーはいう。
スプーンを入れるのも惜しいような美しい料理なのだが、口に含んでみるとそれはまさにヴェネツィアの味。ウニやイカスミの香りはヴェネツィアのペスケリア市場を思い起こさせる。シグネチャー・ディッシュ、という言葉はまさにこの料理のためにある、と思えてならない。
薄くてぱりぱりのチャルダの中に柔らかくマリネしたヒメジをはさみこみ、バジリコの香りのするズッキーニのスプーマで挟み込んである。花ズッキーニの中身はリコッタ、クリームはウニとイカスミ、ジャガイモ、サフラン。上質なウニとイカスミが作り出す独特の香りと味わいはこれから先も口にするたび「レ・カランドレ」を思い出させることだろう。
いたずら好きなマッシミリアーノは、自宅でゆで卵を裏ごしし、娘に目をつぶって食べさせたら「リコッタだ!!」と答えたという。そうしたエピソードから生まれた料理。確かに目をつぶって食べてみるとその舌触りと味わいはリコッタを思い出す。そこにオマール、キャビア、牡蠣のスース、赤海老という魚介類。卵とキャビアの相性の良さに白アスパラの歯ごたえがアクセント。仕上げに軽いベルガモットの香り。
冷製緑豆春雨を使った冷たいパスタ。春雨はグルテンフリー・パスタとしてもイタリアで現在注目されている。ヴィネガーと香味野菜が効いた冷たいトマトソースはガスパチョ風。イカはほぼ生の火入。
ヴェネツィア湾でとれるソフトシェルクラブ、Moeche=モエーケの中に詰め物を施し(パンとカニの肉?)パン粉とつけてカリっとフリットに。それだけでも美味しいが生姜が効いたジンジャークリームソースで後口もさっぱり。
最後のドルチェはまさにマッシミリアーノの独壇場だ。最初に登場したのは空っぽのスープボウル。果たして何か来るのか?と思っていても一向に登場する気配がない。よく見ると皿の糸底部分にフィルムが貼ってあったので、ボウルをひっくり返して見るとなんと糸底部分に金箔を貼ったカスタードクリームが隠されていた。
そして2つめのドルチェがイリュージョンと題されたチョコレートの盛り合わせ。ルアーや磁石などを使い遊びながら、さまざまな場所に隠されたことなる味わいのチョコレートを探しながら楽しむという、実にマッシミリアーノらしい遊び心のドルチェ。
イリュージョンを食べ終えて全部終了したかと思ったところで「これはうちのスペシャル・リゾット、一口だけでもどうぞ」と鍋のまま持ってきてくれたのがサフランとリコリスのリゾット。アスパラガスのコンソメで炊いてあり、チョリソーが辛味のアクセントに。なによりもリコリスの爽やかな香りとほのかな甘みがドルチェの後でもまだ食べたい気分にさせてくれる。
イタリアを代表するガストロノミー・レストランでありながら、実にくつろいだ気分で過ごせるのはなによりもマッシミリアーノの人柄によるところが大きい。肩肘張らずに楽しみながら食事する、というのはイタリア式ライフスタイルの重要なポイントだが、「レ・カランドレ」はその大切さをあらためて実感させてくれるのだ。
レ・カランドレ
- TEXT :
- 池田匡克 フォトジャーナリスト