ミラノの大聖堂から程近い、トリノ通りの路地を入ると大きな看板を掲げた高級食材店の「ペック」がある。初めて訪れたのは1989年だった。ジョルジオ アルマーニの広告写真で当時最も活躍していた巨匠フォトグラファー、アルド・ファライ氏と『ルウォモ ヴォーグ』でとびっきり格好いい写真を撮っていたナディール氏とのファッション撮影のアレンジが難航し、ミラノの街を奔走していたとき、偶然目に留まった明るい照明。窓越しから見える鮮やかな食材の山が衝撃的だった。

「ペック」オリジナルの瓶詰の山

いつも、売り出し中の商品をうず高くレイアウトする店のショーウィンドウ。アーティチョークにポルチーニ茸、ミックス野菜のマリネなど、土産用に買っていく観光客も多い。
いつも、売り出し中の商品をうず高くレイアウトする店のショーウィンドウ。アーティチョークにポルチーニ茸、ミックス野菜のマリネなど、土産用に買っていく観光客も多い。

 それから約10年後、ピッティ・ウォモやミラノ・ファッションウィークの取材などで、定期的にイタリアを訪れるようになってから、「ペック」の魅力に憑りつかれていった。

 まず、圧倒的な本数をそろえるワインに、はまった。店の地下1階に、イタリア各州の名酒が整然と区分けされて並ぶ。ピエモンテやトスカーナにおける最高のヴィンテージのほか、サルデーニャやシチリアのレアなワインにも手を染めた。

 次に興味が移ったのはオリーブ・オイル。トスカーナを代表するワイン「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ」の銘醸ワイナリーとなるビオンディ・サンティが、極上のオリーブ・オイルも生産していることを「ペック」で知った。ボトルに入ったオリーブ・オイルは、まるでどぶろくのように濁った緑色。俗にいう、一番搾りによる精製されていない純粋なエクストラ・バージン・オイルだ。日本で買うことのできない貴重なものとして、自宅用だけではなく、珍しい土産代わりにもなった。豊潤なオリーブの香りが広がるオイルは、それまで食してきたものとはまったく違う、濃密な味だったのだ。

 ビオンディ・サンティのオリーブ・オイルに出合ったことで、ピッティが開催されるトスカーナの州都フィレンツェにいれば、もっと簡単に稀少なオリーブ・オイルが手に入るのではないかと思い、街の隠れた専門店を巡り、キャンティやモンテプルチアーノ方面にも足を運んだことがあった。地産地消で大都市には出回らないオイルを入手できる喜びがあったが、時間的にもフィレンツェを離れる負担を感じるようになった。

 そこで、再び、ここ数年は食材の宝庫「ペック」に通っている。

大きな皿の惣菜を見て、固唾を飲まぬ者はいないはず。歯ごたえのいいイカなどの魚介をたっぷりと使ったインサラータ・ディ・マーレ(シーフード・サラダ)は、美味なる色彩をも表現する。
大きな皿の惣菜を見て、固唾を飲まぬ者はいないはず。歯ごたえのいいイカなどの魚介をたっぷりと使ったインサラータ・ディ・マーレ(シーフード・サラダ)は、美味なる色彩をも表現する。

 大きな棚は、イタリア国内有数のオリーブ・オイルのボトルが埋め尽くす。リグーリアの軽快なテイスト、もちろんトスカーナものもあり、濃厚なウンブリアやプーリアなど、名産地の珍品も豊富だ。イタリアを訪れるたびに、「ペック」に寄って1本1本試していくうちに、にわかにオリーブ・オイル・ソムリエにもなった気分で、オリーブ・オイルにもファッションと同じようにトレンドがあることを気づいた。強烈な太陽に育まれたシチリア産のオリーブ・オイルのイヴェントで徹底的に味見を楽しんだし、このところは、少数の優良な生産者が集まる北イタリアのガルダ湖畔産が、ブームだ。香りが高くデリケートで滑らかな舌触りは、いま我が家の食卓との相性がめっぽういい。

 ミラノの「ペック」に行けば、オリーブ・オイルからも多彩な地方都市のお国自慢(カンパニリズモ)やものづくりのこだわりを感じられる。実に愉快な店だ。

「ペック」で購入した、いま一番気に入っているエクストラ・バージン・オリーブ・オイル。ガルダ湖畔の生産者「クインタレッリ・ジュゼッペ」がつくる洗練された味わい。透明感のある深いグリーンに詰まったオリーブの香りは癖になる。手作業を尽くしたオイルづくりは、手書きのラベルからも滲み出ているのだ。
「ペック」で購入した、いま一番気に入っているエクストラ・バージン・オリーブ・オイル。ガルダ湖畔の生産者「クインタレッリ・ジュゼッペ」がつくる洗練された味わい。透明感のある深いグリーンに詰まったオリーブの香りは癖になる。手作業を尽くしたオイルづくりは、手書きのラベルからも滲み出ているのだ。

「PECK(ペック)」https://www.peck.it

この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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