「オステリア・デッラ・ヴィッレッタ」現在の店主、マウリツィオの曽祖父母にあたるジャコモとマルゲリータが「オステリア・デッラ・ヴィッレッタ」を開いた時は、宿泊施設も兼ねた料理旅館だった。当時の店は1850年代にオーストリア軍が築いたミラノ〜ヴェネツィア間を結ぶ鉄道に近かったことから文字通り旅行客の旅籠として人気だったという。やがて2人はその子供達、ルイジ、ヴィルジニア、アンドレアに店を譲り、50年代にはその子供ジョヴァンニと妻リーナへと受け継がれた。現店主マウリツィオの両親の時代だ。

100年続く老舗料理「オステリア・デッラ・ヴィッレッタ」の郷土料理

茹でた仔牛肉をツナマヨソースで食べる「ヴィテッロ・トンナート」は蒸し暑い時期の定番料理。
茹でた仔牛肉をツナマヨソースで食べる「ヴィテッロ・トンナート」は蒸し暑い時期の定番料理。

「オステリア・デッラ・ヴィッレッタ」で出すのは地元食材を使った郷土料理。と書くのは簡単だが、100年続けるのは簡単ではない。特に食材に関してはスローフード協会が認定する稀少食材「プレシディ」を積極的に使っている。過日訪れた際はこんな料理だった。まず前菜は冷製仔牛肉のツナソース「ヴィテッロ・トンナート」と同じく仔牛タンの冷製「リングア・ディ・ ヴィテッロ」。

ポー川流域からイセオ湖南岸にかけての流域は夏蒸し暑く、伝統的に甘酸っぱい味付け=アグロドルチェ、が好まれるのだがその酸味の効いた味付けはこの季節にこそありがたみがわかる。マッシモ・ボットゥーラはよくいう「伝統料理は批判的眼差しで見つめ直せ」という。それは長時間加熱の伝統料理ボッリートに集約されるレシピへの疑問だが、このヴィテッロ・トンナートもリングア・ディ・ヴィテッロも真空低温調理したかのように、しっとりとした柔らかい仕上がりだった。

フランチャコルタはイセオ湖に隣接しているだけに、淡水魚もよく食べる。コリゴーネは淡白な白身でフリットにすると最高。お供はもちろん辛口のフランチャコルタで。
フランチャコルタはイセオ湖に隣接しているだけに、淡水魚もよく食べる。コリゴーネは淡白な白身でフリットにすると最高。お供はもちろん辛口のフランチャコルタで。

ついでイセオ産のコリゴーネ、つまり高地型淡水魚ホワイトフィッシュを揚げてから酢漬けにした「カルピオーネ」。マウリツィオは「これはグアルティエロ・マルケージのレシピを遵守した料理で、マルケージ本人も褒めてくれたよ」という。

マルケージをリスペクトするマッシモ・ボットゥーラのシグネチャー・ディッシュに「アウラ・イン・カルピオーネ」があるが、おそらくその原点はこのマルケージの料理につながるのではないか、そう考えながら口に運んだ。もう一品はコリゴーネのフリット、と言っていたが粉をつけてバター焼きしたムニエル。これも十数年前、イセオ湖で同じコリゴーネのムニエルを食べた時のことを思い出した。

地味な見た目なのに、これがなんとも美味しい。茹で肉ボッリートと、仔牛肉の揚げミートボール、ポルペッティーネ、そして一口サイズのロールキャベツ。
地味な見た目なのに、これがなんとも美味しい。茹で肉ボッリートと、仔牛肉の揚げミートボール、ポルペッティーネ、そして一口サイズのロールキャベツ。

メインに登場したのは、マウリツィオのマンマのレシピ、と言っていたからおそらくはリーナのレシピだろう。仔牛のポルペッティーネ、仔牛のキャベツ包み、牛ほほ肉煮込みのサルサ・ヴェルデ。前者2品はしっとりと柔らかく仕上がり、ほほ肉も素晴らしい仕上がりだった。奇をてらう装飾や不要な素材は皿の上に一切載せない。

家庭料理の延長でありながら、調理技術は着実に進化を遂げた、そんな印象を受けた料理の数々だった。最後のジェラートはマウリツィオの友人であるアーティスト、ミケランジェロ・ピストレット考案、メッセージ性のある「LOVE DIFFERENCE」。家族経営の中小企業がイタリアの精神的支柱であるならば、こうしたオステリアはイタリア文化そのものである。

老舗ならではのレトロな空気感がたまらない。一朝一夕では作れない、無限の時間お体積が作り上げた風格が漂っている。

ボローニャの「ダメリーゴ」やフィレンツェの「ダ・ブルデ」に通じる誇りと存在感。日本のイタリア料理は本国イタリアを越えた、という声も時折聞こえるが、絶対に越えられないのが老舗の存在であり無限の時間の体積が織りなす圧倒的な存在感は一朝一夕には作れない無形財産。こうした空気を感じるためにも、どうしても訪れたい、そんなイタリアを代表する名店のひとつ。

Osteria della Villetta(オステリア・デッラ・ヴィッレッタ)

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。