「第二のお年頃」――それは、いわゆる更年期。女性なら誰もが迎える、心身が揺らぎやすい時期です。人生100年といわれる時代にあって、その半ばに、なんだかモヤモヤ、ザワザワしている人も多いのでは?

『Precious』12月号では、『「第二のお年頃」が私を育む、未来を開く』と題し、人生の先輩や同年代の方が「第二のお年頃」とどう向き合い、どう楽しんだか、インタビューやアンケートと共にご紹介しています。

今回はその中から、エッセイストの酒井順子さんによる、スペシャルエッセイ『50代は「好き」と言えるお年頃』をお届け。

年齢と経験を重ねてきた世代だからこその素敵な提言やアドバイスに、気持ちも晴れやかになれるはずです。

酒井 順子さん
エッセイスト
(さかい じゅんこ)2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。近著に『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』『月に3冊、読んでみる?』ほか。

Special essay『50代は「好き」と言えるお年頃』 

MAIKO SEMBOKUYAによるイラスト
イラスト/MAIKO SEMBOKUYA(CWC)

友人のニューヨーク転勤が決まりました。会社からのオファーがあった時、彼女にも迷いはあったようです。子供はいないけれど、日本で仕事をしている夫とは離ればなれになることに。今から全く新しい場所で仕事を始めるには、ストレスも多かろう。五十代の今、大丈夫なのか…?などなど。

しかし彼女は、新たな旅立ちを決意しました。「親も元気でいてくれる今は、行き時なのかも。この年で新しいことに挑戦できるチャンスなんてそう無いと思ったら、やる気になった!」と。もちろん私も、大賛成です!「普通の会社員なら、そろそろ定年も視野に入ってこようかという時に新しいことができるって、何て幸せなの!」と、友の背をグイグイ押しました。

思い起こせば三十代の頃、彼女とは共に、当時大ブームだった『セックス・アンド・ザ・シティ』を見ては、キャーキャー言っていたものです。法律関係の仕事につく彼女を「ミランダちゃん」(SATCに登場する弁護士の名)と呼んだりもしていましたっけ。

それから、幾星霜。もうすぐSATCのリブート版が放送されるという今になって彼女が本当にニューヨークで働くことになろうとは、「とうとう、リアルミランダになるのね…」との感慨が深まります。

彼女がニューヨーク勤務を決意した最も大きなポイントは、「仕事が好き」という部分にあるようです。日本でも責任ある立場で仕事をしてきたけれど、今のままでは何となく、先が見える感じがしていたのだそう。刺激的な仕事に挑戦することが大好きだからこそ、彼女は初めて暮らす街での新たなスタートを切ることにしたのです。

MAIKO SEMBOKUYAによるイラスト
イラスト/MAIKO SEMBOKUYA(CWC)

彼女のように、強い「好き力」を持つ人達は何だか人生が楽しそうである、と私は思います。仕事でなくとも、「アイドルが好き」でも「猫が好き」でも「料理が好き」でも、はたまた「夫やボーイフレンドが好き」であっても、何か、もしくは誰かのことを強烈に好きになる能力を持つ人は、生気に溢れた日々を送っているもの。もちろん、大好きな韓流アイドルが篠原涼子と付き合っているらしい…といったニュースを聞いてがっくり落ち込むこともあれど、感情を揺らす波風を乗りこなすことすらも、大人にとっては一種の娯楽となるのではないか。 

『好き力』は、一種の才能です。たとえば私は、残念なことにジャニーズや韓流といったアイドルを好きになる才能はゼロで、楽しそうなアイドルファンをいつも、指をくわえて見ています。そんな私が好きでたまらないのは、たとえば平安時代や鉄道といったもので、それらはキラキラのアイドルに比べたら渋いことこの上ないのだけれど、しかし私にとっては考えるだけで心が躍り出す対象なのでした。 

思い返せば若い頃、我々は「好きになること」よりも、「好かれること」を、重要視していました。異性関係においてもそうですし、仕事においても、仕事相手からいかに気に入られるか、といったことに汲々となっていなかったか。まだ自分に自信を持つことができなかったからこそ、モテたり、求められたりすることによって、自己の存在証明を得ようとしていたのでしょう。

しかし人生の経験を積む中で次第にわかってくるのは、自分から好きになることがもたらす心の沸騰感です。モテたりチヤホヤされたりするのも、確かに嬉しい。けれど受け身の姿勢でいる限り、相手の気持ち次第で、こちらの嬉しさも楽しさも、すぐにしぼんでしまうこととなる。 

対して自分から好きになれば、自分の中のエネルギーが続く限り、いつまでも心は躍り続けるのでした。また「好き」というエネルギーが対象に届くことによって、その対象が変化し、育っていく過程を愛でる喜びも、受け取ることができるのです。「好き」という言葉は、特別な力を持っています。 

「○○が好き」と言っていると、○○についての情報が集まったり、同好の士と出会ったり、はたまた実際に○○と会うことができるようになったりと、自分の周りも変わっていくのです。 

昔は恥ずかしくて言えなかった「好き」という言葉を、私達は今、堂々と言うことができるお年頃。そして、好きになった対象とともに、自由にダンスを踊ることができるお年頃にもなっています。 

我が友はニューヨークに場を移して新たなダンスを始めることになりましたが、さて自分は。その歩幅が小さくても大きくても、まずは「好き」と告白して一歩を踏み出せば、心も身体も、ふわりと浮遊していきそうです。 

ILLUSTRATION :
MAIKO SEMBOKUYA(CWC)
EDIT&WRITING :
本庄真穂、剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)