『和樂』が林 真理子さんに『源氏物語』に関する連載をお願いしたのは、約10年前のこと。2008年の源氏物語千年紀に向けてのことでした。恋愛小説の名手である林さんが新たに挑戦することで、大きな話題になると考えたからです。一方で、今までに与謝野晶子や谷崎潤一郎、比較的最近では瀬戸内寂聴など、数々の文豪が『源氏物語』を現代語訳してきた歴史がありますから、林さんは訳ではなく、まったく新しい『源氏物語』にチャレンジすることにされたようです。それが小説という形でした。
原作の『源氏物語』は、非常に美しい文章で書かれ、自然の情景描写もすばらしい。かたや光源氏は日本の文学上、最大のプレイボーイとして、あらゆる形の恋愛を繰り広げます。今年話題になることが多い不倫から、略奪愛、ロリコン、男色など、なんでもありです。その恋愛を成就するために、相手に頼み込んだり、外から手を回したりと目的のために手段を問いませんでした。林さんの描く光源氏は、理想の男性像ではなく、そんなせこいようなところまで、現代人が理解しやすいように、うまく描かれています。
『源氏物語』で描かれた世界観は、後世まで歌や絵画のモチーフになるほど、日本の文化史にも大きな影響を与えてきました。ただ世界的名作で興味深い作品であるにも関わらず、全編を読み通すにはあまりにも長いのが、現代人にとっては難点でした。現代語訳ですら読破するのがしんどいので、結局読まれずに終わってしまう。そこを、林さんは“今”の感覚でも面白いと感じるところだけを重点的に描き、現代的感覚で理解しづらいと思える疑問点は、徹底的に学者に取材を重ね、その心理描写を丹念に加えることで、飽きさせずに全体を一気に面白く読めるように仕上げています。
単行本は3冊に分かれていて、発売期間も1冊ごとに間が1年もあいたりしたので「一気に読めない」という不満もあったと伺っています。今回の文庫化は上・下2冊、しかも同時発売です。だから、通して読みたい方にもオススメです。この、まったく新しい手法で描かれた『六条御息所 源氏がたり』を通して、原作『源氏物語』のもつ面白さや美しさも、改めて伝わるのではないかと思います。
- TEXT :
- アンドリュー橋本 Precious非公式キャラクター
- クレジット :
- 文/安念美和子(LIVErary.tokyo)