日本は、ウィーン少年合唱団までブレイクさせ、アイドルにした

日本女性は、美少年が好きである。昭和40年代には、なんとウィーン少年合唱団がブレイクしたほど。それこそ、声変わりしていない幼い少年たちすらも、自分たちのアイドルにしてきた歴史があるのだ。

ただ昭和の頃には、明らかに欧米人コンプレックスがあったからこそ、さらさらブロンドヘアに青い瞳の人形のような少年が、人気ランキングの上位を占める形になったと言うが、そういう意味での物珍しさがおさまった頃に起きたひとつの現象が、年下の青年と恋に落ちる『個人教授』シンドロームと言うべきものだった。

1968年公開、世界的に大ヒットとなったのがフランス映画『個人教授』。少年が、年上の女性に恋をするお決まりのストーリーだけれども、少年と言っても、もはや大人の男の匂いのする高校生が、ナタリー・ドロン演じる「ザ・フランス女」ともいうべき“クールで粋ないい女”に恋をして、実際に成熟した大人の恋の手ほどきを受けるからこその、個人教授なのである。

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『個人教授』のナタリー・ドロンとルノー・ヴェルレー
KEYSTONE Pictures USA / eyevine / Zeta Image

かくして一時期は本気で付き合うものの、結局彼女は“職業・レーサーという大人の色気ムンムンの恋人”のもとに帰っていってしまう、という切ないドラマが受けに受け、そのマセた高校生役ルノー・ヴェルレーが当時大ブレイクしたのだ。

実のところ、高校生役をやった時のルノー・ヴェルレーは、既に20歳を超えていたとされるものの、その分だけ必要以上にセクシーな年下男とのリアルな恋愛を、当時多くの女性が夢見たのである。

絶世の美少年の行く末には、なかなか残酷な運命が待っている

特に日本での人気は凄まじく、その後70年代、ルノー・ヴェルレーは度々日本に来日し、驚いたことに日本でも、彼が同じように年上の日本女性に恋するストーリーの主演映画が作られていたのだ。ちなみに相手役は、浅丘ルリ子! しかしその後の彼の活動を、日本のマスコミが追うことはなかった。

ちょうどその頃に公開されたのが、未だ名作として注目を集める『ベニスに死す』だった。奇しくも昨年末公開の「世界で1番美しい少年」で屈辱的な体験も含めて、自らの人生を赤裸々に語ることになったのはビョルン・アンドレセン。ご存じ不朽の名作『ベニスに死す』においては、主人公を虜にするタッジオ役のオーディションで、千人を超える少年たちの中から選ばれる世紀の美少年である。

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ビョルン・アンドレセン

ただ15歳の彼は、同性愛者で知られるルキノ・ヴィスコンティを夢中にさせたものの、撮影が終わった16歳の時には、もう飽きられていたとされる。言葉がわからないことをいいことに、公の場で当のヴィスコンティに「1年で美貌が衰えたこと」を面白おかしく揶揄される。美少年の寿命はそれほど短く、美少年の行く末には、なかなか残酷な運命が待っていると言うことなのだろう。

その後は、ヴィスコンティも所属するゲイコミュニティに引き回されて、性的搾取を余儀なくされたと言うが、そんな彼を受け入れた次の活躍の場は、やっぱり日本。人気が爆発した日本で、CM出演やレコード発売を果たしているのだ。

しかしながらその活躍も短期間で終わり、音楽活動などに入るも、死亡説も出るなど、元美少年に、世間は冷たかった。

美少年ピアニストは、チヤホヤされ過ぎて才能を曇らせる?

さて、日本女性の“美少年探し”は映画界にとどまらず、クラシック音楽の世界にも及んでいる。

17歳でロン=ティボー国際コンクールで最年少優勝、19歳でショパン国際ピアノコンクールで優勝。ずば抜けた才能に加えて、端正な容姿でも注目を浴びたのが、スタニスラフ・ブーニン。それを機にロシアから西ドイツに亡命をはかり、ヨーロッパでの活動を望むも、熱狂的に彼を受け入れ、アイドル的な人気で支えたのは、これまた日本だった。

日本のレーベルと契約し、CDがゴールドデスク大賞を受賞。日本を活動のベースとし、やがて日本女性と結婚しているが、昨今はあまり目立った演奏活動をしていない。

また同じくショパンコンクールに18歳で優勝した中国のユンディ・リにも、世界中が熱い視線を送るものの、結果的に人気が続いたのは中国と日本だけ、などとも言われる。日本では「ピアノ界のキムタク」?と呼ばれ、ピアノ王子であり続けたものの、演奏自体は18歳の時がピークだったという説も……。あまりにも世の中にチヤホヤされすぎて、精進を忘れてしまったせいなどとも噂されるが、そういう背景があったからかどうかは不明だけれど、去年、中国当局の買春疑惑で拘束され、中国音楽家協会から除名されている。クラシック音楽の世界でも、美少年はその後の人生が難しそうである。

ただ日本の美しすぎるピアノ王子、牛田智大は12歳に最年少でアルバムデビューを果たすなど、幼い頃から注目を集め続けていているが、美少年と言われることに抵抗するように、ショパンコンクール イン アジアでは、最年少優勝を何回も重ねるなど、精力的にコンクールに出場し、真の実績を重ねてきた。

去年のショパンコンクールでは惜しくも第二次予選で敗退となるも、なぜ彼が落ちたのかと物議を醸すほど演奏は素晴らしかったとされる。ピアノ選びの問題で最後まで音響がつかめなかったことが原因とも言われるのだ。いずれにせよ日本が誇る美少年も今や22歳、立派なピアニストに成長している。

美少年好きと、ボーイズラブ志向は、原点は同じ?

さて、日本女性の美少年好きは、ここ10年以上もっぱら韓国俳優やK-Popのボーイズグループに注がれてきたわけだが、その合間合間で注目を集めてきたハリウッドの美少年に共通するのは、『ウォールフラワー』のエズラ・ミラー、『君の名前で僕を呼んで』のティモシー・シャラメなど、ジェンダーを超えた美しさで、BL=ボーイズラブやゲイを演じて尚人気を得たパターン。

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エズラ・ミラー

結局こういうことなのだと思う。なぜ時を越えて、日本女性は美少年に特別なこだわりを持ってきたのか? これはいわゆるBLと原点は同じ。

そもそもが、男女間の恋愛の生々しさに対する小さな抵抗感の、心の受け皿として発展してきたボーイズラブも、始まりはけっこうな昔、1960年代あたりから様々な物語を生んできた。もちろんそれは、男女関係を描くことそのものがタブーだった時代の隠れ蓑でもあったわけだが、結果として、女性たちに愛好されてきたのは、男同士の恋愛感情のほうが、女性の目には美しくピュアなものに見えたからに他ならない。

なぜなら男女の関係には結婚における駆け引き、見栄や打算が絡んでくるケースが少なくないこと、自分たち自身が知っていたからである。

ただBL的な表現には、絶対条件がある。恋をする男性たちはどちらも決定的に美しくなければいけないこと。まさにそうしたジャンルを「耽美」と呼ぶように、耽美主義の延長上にあるものなのだ。

美少年への思慕も、元をたどればこれとよく似ている。恋愛に対するストイックでプラトニックな価値観。男女関係に対する恐怖心や抵抗感。単純に美しいものへの憧れ。そういうものが、まだ男になりきっていない、性的に青い蕾のような美しい少年への衝動になってくるのだから。

従ってそこには、”美少年はいつまでも少年でいてほしい”、という、身勝手だけれど一種崇高な思いがある。20歳を過ぎた俳優も少年に位置づけたくなる。それも恋愛への純粋な思いをそこに投影したいと思うからなのだろう。

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ティモシー・シャラメ

日本人は、他の先進国と比べても恋愛や性愛に対して、控えめで不器用で内省的になりがちだ。もっと言えば、特に女性はそれこそ昭和の時代まで、結婚前の男女関係はおしなべて不潔、との考えを無意識にでも強いられてきたわけで、その名残としてまだ性的欲求の少ない美少年はそういうものを浄化してくれる存在だったのだ。逆にバブル崩壊を機に、日本の男女は再び簡単には恋をしなくなっていて、ある種のストイックさが戻ってきている。恋愛を美化したいという意識も。

大人になっても美少年が好き……そこに熟女の肉食的な欲求は微塵もなく、ひたすらピュアな恋愛への浄化作用としての感情があるのみ。

言うまでもなく、AKB的な制服の少女たちにハマる大人の男たちより、はるかに健全ではあるけれど、ただ美しいものを”遠目に見ていたい”という欲求は同じなのかもしれない。

ちなみに、宝塚歌劇団が日本にだけ存在する女性だけの歌劇団であることも、そこに同じ意味を見出せる。永遠にピュアな関係性を見ているだけで心身が浄められ、それだけで若返れるという特殊な恩恵を全身で受けているのだから。そういうものを無意識に求めているのが、大人の女だけなのは、ある種の本能的なアンチエイジングなのだろうか。

例えばハリウッドを早くも騒然とさせている絶世の美少年、ナオミ・ワッツの息子が10代後半になった姿を早く見てみたいと、今から大人の女をときめかせているのは、やはり本能としか思えない。

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ナオミ・ワッツと息子サミュエル(Samuel Kai Schreiber)

かくして美少年へのときめきは心身の浄化のため……どちらにせよこの感覚、年齢を重ねる上でじつは結構大切なものなのだろうけれど、だったらせめても、美少年を短時間で消費して終わりにしまうことに、後ろめたさ以上のものを感じなければいけない気がするのである。大人の責任として、最低でもずっと関心を持ち続けてあげるような……。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images, Zeta Image
EDIT :
渋谷香菜子