【ルール50】自由でやわらかな精神の持ち主である

 これまで書いてきた服装のこと、酒食のこと、行儀や教養のこと、女性を尊重すること、これらすべては現代の東京ジェントルマンに必要欠くべからずの常識の一端である。

 しかし、話をひっくり返すようで申し訳ないのだが、このようなノウハウを100、200と身につけたところで真のジェントルマンになれるかというと、むしろ、その理想から遠ざかるのではないか、という気もするのである。その理由はこうだ。人間はいったん信じると、逆に、その信じたことにとらわれる性質があるからである。たとえば「ジェントルマンはネイビースーツを愛好する」というような話が、「ネイビースーツしか着ない」へと知らない間に硬化してしまう。

「紳士とは×××でなければならない」という教条主義の虜になってしまう可能性が大いにあるからだ。このページに載っているジェントルマンの先達たちはそんな束縛と無縁である。彼らにあったのは約束事や常識にとらわれない自由でやわらかい精神だ。大震災後の後藤新平の斬新な復興プラン、杉原千畝のユダヤ人6000人への命のヴィザ、バロン薩摩の欧州美術コレクションを頭に浮かべていただきたい。並の東京市長、外交官、アートコレクターでは考え付かないスケールの大きさではないか。心のなかにだれにも邪魔されない自由の砦が築けるか。そしていつ、どこでも、周囲がどうあろうとも自分の流儀がつらぬけるか。そのあたりの精神性抜きにして、外見だけそれらしくまとめても、それは滑稽な悲劇というものである。自由で強靭な精神から生まれるサムシング・オリジナルこそ、現代を生きるモダーン・ジェントルマンに必要なマインド・セットである。

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名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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イラスト/緒方 環 撮影/熊澤 透(人物)、川田有二(人物)、篠原宏明(取材)、戸田嘉昭・唐澤光也・小池紀行(パイルドライバー/静物)、小林考至(静物) スタイリスト/櫻井賢之、大西陽一(RESPECT)、村上忠正、武内雅英(code)、石川英治(tablerockstudio)、齊藤知宏 ヘア&メーク/MASAYUKI(the VOICE)、YOBOON(coccina) モデル/Yaron、Trayko、Alban 文/林 信朗 構成/矢部克已(UFFIZI MEDIA)、鷲尾顕司、高橋 大(atelier vie)、菅原幸裕、堀 けいこ、櫻井 香、山下英介(本誌) 撮影協力/銀座もとじ、マルキシ