東京で大盛況のうちに終了した美術展『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』と、全編が動く油絵で構成された映画『ゴッホ〜最期の手紙〜』が、今度は京都にやってきます! 今回は、このふたつの”ゴッホイベント”の見どころに迫ってみました。西日本にお住まいの方や、旅行などで訪れる機会のある方は、ぜひチェックしてみてください。

■世界初! 全編が動く油絵で構成された映画『ゴッホ〜最期の手紙〜』

世界最大のアニメーション映画祭・仏アヌシー国際アニメーション映画祭2017で観客賞を受賞、大きな話題となった作品が上映されます。スリリングに進んでいく謎解きの興奮と「動くゴッホの絵」がもたらす快楽、偉大な画家が残した魂がもたらす感動が、心を激しく揺さぶる‼︎

映画『ゴッホ〜最期の手紙〜』の一場面

■1:62,450枚の油絵が、高精細写真によって動くアートに!

この作品の魅力はなんといっても、ゴッホの作品がまるで動いているかのように感じられる映像です。撮影された1コマ1コマが、世界中から集められた125名の画家によって再現された”ゴッホタッチの油彩画”。その数なんと62,450枚! 1秒に12枚を写すことで、動くアートとして生まれ変わっています。

■2:ゴッホが残した手紙によって真実に迫る

個性的な筆致によって、今もなお絶大な人気を誇るゴッホ。一方で「耳切り事件」を起こしたりと、数多くの謎を抱える画家としても有名です。好色家、狂人、天才、怠け者、探求者…数々のレッテルを貼られた彼ですが、弟に向けた最後の手紙に「我々は自分たちの絵に語らせることしかできないのだ」と残しています。彼が本当に伝えたかったメッセージとは…。ゴッホはいったいどんな男だったのか…。映画では、ゴッホが最期に残した手紙によって、その真実が明かされていきます。

『ゴッホ〜最期の手紙〜』より 左/アルマン・ルーラン 中/マルグリット・ガシェ 右/タンギー爺さん

■3:ゴッホの死の真相とは…?

ゴッホの最期は銃による「自殺」とされていますが、そこには説明のつかない不可解な事実が多くあります。「本当に自殺だったのか…」「彼はなぜ命を絶とうとしたのか…」浮かび上がってくる数多くの疑問。ゴッホと関わっていた人物たちの証言によって、その真相が明らかになっていきます。

作品紹介

  • 『ゴッホ〜最期の手紙〜』 
    11月3日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国順次ロードショー、1月13日よりイオンシネマ久御山ほか、京都にて上映
    (c)Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.
    【2017 年/イギリス・ポーランド/96 分/カラー/原題:LOVING VINCENT】
  • ■ストーリー
  • 郵便配達人ジョセフ・ルーランの息子アルマンは、パリへ届ける一通の手紙を託された。それは父の友人で自殺したゴッホが、彼の弟テオに宛てたものだった。テオの消息を追う内にその死を知るが、それと同時に募る疑問がひとつ…。ゴッホの死の真の原因はなんだったのか? 肖像画で見たさまざまな登場人物がゴッホを語り、彼の情熱、孤独、愛、そして驚くべき人生が浮かび上がる。37歳という若さで、彼はなぜ命を絶たなければならなかったのか? そして彼が最期に見たものとは…?

■日本美術とゴッホの関係性を探る展覧会『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』

アムステルダムにあるファン・ゴッホ美術館と日本の美術館の、初の本格的共同企画として実現した本展。1853年、オランダで生まれたゴッホは、1886年にパリに移り絵画表現を模索していましたが、そこで、日本の浮世絵から大きな影響を受けました。ゴッホが残した作品のなかには、浮世絵の模写や、日本を憧れていた様子がわかるものがたくさんあります。ゴッホが目指した絵とは一体、どのようなものだったのでしょうか? 展覧会の出展作品である、ゴッホの絵とともに探ってみましょう。

■1:まるで日本の浮世絵!? ゴッホが目指した日本美術

フィンセント・ファン・ゴッホ 《花魁(溪斎英泉による)》 1887年 油彩・綿布 ファン・ゴッホ美術館  (フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵 ©Van Gogh Museum, Amsterdam  (Vincent van Gogh Foundation)

ゴッホは、ある画商の店で浮世絵を観て、その鮮やかな色彩や作品としての質の高さに魅せられます。そして当時安価だった浮世絵を大量に収集し、模写をしたのです。上の絵『花魁(おいらん)』も、浮世絵を真似て制作された作品のひとつ。1886年に出版された『パリ・イリュストレ』誌の日本特集号の表紙を飾っていた英泉の花魁図を、拡大模写して描き込んだといわれています。ゴッホ特有の平坦で鮮やかな色面を使った画風は、浮世絵の研究を通じて生まれたのでしょうか。

■2:ゴッホが憧れた「日本」という名のユートピア

ゴッホが残した言葉の中に「日本人はとても簡素な部屋で生活していた。そしてその国には何と偉大な画家たちが生きていたことか」というものがあります。ゴッホにとって日本はまさに「理想郷」。そのイメージどおりに、彼はさまざまな作品を生み出してきました。そして日本の画家のようにデッサンできるようになりたいと願い、葦ペンを使った独自のデッザンも多く描いたのです。下の絵は、ゴッホが過ごした「黄色い家」の寝室。日本人の家にならい、簡素にしつらえたそうです。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《寝室》 1888年 油彩・カンヴァス  ファン・ゴッホ美術館  (フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵 ©Van Gogh Museum, Amsterdam  (Vincent van Gogh Foundation)

■3:絵の中に日本人?  絵に隠された敬愛の念

フィンセント・ファン・ゴッホ 《カフェ・ル・タンブランのアゴスティーナ・セガトーリ》 1887年 油彩・カンヴァス  ファン・ゴッホ美術館  (フィンセント・ファン・ゴッホ財団)蔵 ©Van Gogh Museum, Amsterdam  (Vincent van Gogh Foundation)

上の絵のモデルは、パリで「カフェ・ル・タンブラン」を経営していたアゴスティーナ・セガトーリ 。よく観ると、右上奥に着物姿の女性が。ゴッホは1887年にここで、浮世絵展を開いたことがあるそうです。この絵からも日本人への憧れが伺えますね。彼はピエール・ロティの異国趣味小説『お菊さん』を読んで、日本人を理想化していたようです。

作品紹介

  • ゴッホ展 巡りゆく日本の夢 
    会場/京都国立近代美術館
  • 住所/〒606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町 
    会期/2018年1月20日〜3月4日
  • TEL:075-761-4111
    休室日/月曜日(ただし2月12日は開館)、2月13日(火)
  • 開室時間/9:30〜17:00(金・土曜日は20:00まで) ※入館は閉館の30分前まで
    当日券1,500円(一般)

以上、京都で盛り上がること間違いなしの、ふたつのゴッホイベントでした。特に展覧会は、今回の京都が最終巡回になります。札幌展、東京展で見逃してしまった方はぜひ、京都展へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

この記事の執筆者
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EDIT&WRITING :
谷 侑希美