伝統とは知識と美意識の集積であり、しがらみではない

――名のある老舗の主となる、という決意はいつ頃から意識されたのでしょうか。

 【瓢亭】に生まれ、幼い頃に自宅で卵を焼いたりはするものの、あくまで物づくりが好きということの一環。料理人になり跡を継ぐのだろうなとは考えていましたが、それに対するプレッシャーなどは特に意識せずに育ちました。その後も義務教育を終えて、早々に修行に入る、なんてこともありませんでしたし、生まれ育った京都から一度離れて、知見を広めたいと東京の大学に通うことも許してもらいました。大学卒業後、金沢の料亭【つる幸】さんのもとでお世話になり、いよいよ当店に戻るわけですが、振り返れば、自分の選んだ好きな道を通って自然と今いる場所に辿りついたという印象です。

――いざ15代目を継いだことで、現在その重圧などは感じていますか。

 代々受け継がれてきた【瓢亭】の味や空気感を楽しみにしているお客様がいて、そういったニーズや期待にしっかり応えていかなくてはならないという思いはあります。また一方で、時代とともに変わっていく環境に順応し、それに即した新しいものを私が提供していかなくてはならない、とは考えていますね。

 15代続けてきたお店ですから根本からすべてを変えるのは難しいですが、一方で、過去にこうだったから続けていかなくてはならない、といったルールは基本ありません。伝統とは知識と美意識の集積であり、指針。決して、意固地に守り続けるもの、しがらみではないのです。名物である『朝がゆ』や『瓢亭玉子』にしても、それまであったものでなくお客様の要望に応えようと生まれたもの。目の前にいるお客様に対して、「当店ならどうおもてなしできるだろうか」という自問自答の連続で今があるのです。

名物の瓢亭玉子などとともに供される『八寸』
名物の瓢亭玉子などとともに供される『八寸』

変化はお客様に気付かせぬよう【瓢亭】風になじませる

――新しいことへの挑戦という点において、先代は和食の根幹であり、お店の味を象徴する出汁について、それまでの鰹節から鮪節に変えました。

 先代はそれまでの鰹節の匂いが気になり、「旨味」と「甘み」が強い鮪節にしました。過去の【瓢亭】の味と決別する、これは14代目としてとても勇気のいることだと思う一方で、料理人として常に上を目指そうとするうえでの英断だったと思います。

 実は私も、先代の出汁とは鮪節と昆布の比率を変えているのです。「ウチはこうだから」と満足せず、今あるべき姿は何かを日々自問していくのは料理屋として当然の姿勢。『明石鯛へぎ造り』に添えている「トマト醤油」についても、「繊細な香りや味が好まれる現代ならこの味も必要」と私が判断してつくったものなのです。

――食材の輪郭がより際立つ「トマト醤油」は、まさに今求められている味だなと思う一方で、【瓢亭】らしいなという印象を持ちました。

 意識しているわけではないので説明は難しいですが、新しいものを提供する前には、先代ほか当店の従業員から広く意見を取り入れます。その中で徐々に研磨され、当店らしくなっていくのかもしれません。

 あわせて、新たな料理、味付け、サービスを提供しようと考えた時、奇を衒うこと、新しさそのものをウリにするようなことはありません。良いと思ったものに対して、当店であればどのようにアプローチできるか。それが今までにないものであれば、【瓢亭】として違和感がないよう、滲ませて、馴染ませていく。夏が終わり突然冬になってしまうとびっくりしてしまうでしょう。同様にお客様に「変わったな」と、唐突に思われないよう意識しています。

【瓢亭】の出汁でその味がさらに花開く『煮物椀~鱧の葛たたき~』
【瓢亭】の出汁でその味がさらに花開く『煮物椀~鱧の葛たたき~』

――今後の【瓢亭】をどういったお店にしていきたいですか。

 「【瓢亭】とは、こういった店である」という明確な定義はありません。時代の移り変わりや、お客様のニーズに応じて、私たち家族を支えてくれる従業員とともに日々、柔軟な姿勢でお客様が良いと思っているものへとゆっくり進化させていく。四季折々の味があるように、時代ごとの【瓢亭】があって然りだと思うのです。(2015.10.26取材)

【瓢亭】

荘厳さを持ちつつも、訪れた者に一切の緊張を感じさせない個室群
荘厳さを持ちつつも、訪れた者に一切の緊張を感じさせない個室群

 450年ほど前に腰掛茶屋として暖簾を掲げた【瓢亭 本店】。長きにわたって研ぎ澄まされた料理は、今や京料理の代表と謳われ、名物の『瓢亭玉子』や、季節限定の『朝がゆ』などは世界にその名が轟きます。京都府無形文化財保持者にも認定された高橋英一氏から後を継いだ15代目の義弘氏もその歴史と味を継承。一方で、新たな味の研究にも意欲的で、例えば『明石鯛へぎ造り』には従来の土佐醤油に加え、トマト醤油を添えています。その心は「時代とともに変わるお客様のニーズに応えたい」という料理人としての真摯な思い。しがらみに捉われず、今ある最大限でお客様に満足してほしいという姿勢に、一期一会、おもてなしの思いが息づいています。

■お問い合わせ
店名:瓢亭 本店
TEL:075-771-4116
アクセス:京都市営地下鉄東西線 蹴上駅 徒歩10分 
営業時間:11:00~ (L.O.19:30) ※朝がゆ(7/1~8/31)8:00~10:00/うずらがゆ(12/1~3/15)11:00〜14:00

PROFILE
高橋 義弘(たかはし・よしひろ)
1974年、京都府生まれ。14代当主の高橋英一氏の長男。東京の大学を卒業後、石川県・金沢の割烹【つる幸】で3年間修業を積み、1999年に帰洛。現在、15代目当主。日本料理アカデミー所属。フランスの巨匠・アランデュカスらとコラボレーションを図るなど、国内外を問わず、京都の懐石料理を伝え食育にも力を入れている。

記事元:ヒトサラ https://hitosara.com/chef/43hyoutei.html 

この記事の執筆者
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PHOTO :
黒岩 正和
WRITING :
ヒトサラ編集部
RECONSTRUCT :
MEN'S Precious編集部