食通が選ぶ、「食」の未来を考えるきっかけになる本5選

世界の美食を体験してきた食通のコラムニスト、中村孝則さんの推薦図書とともに、「食」について考えます。

おいしさの「先」を目指している外食。美食家がけん引するレストランの進化とは?

『料理通信』編集長として食の最前線で活躍するシェフを取材し続けてきたからこその視点で、更新され続ける「おいしい」を深く掘り下げる。多数登場する人気レストランのこだわりを知れば、足を運びたくなること必至です。『外食2.0』 著=君島佐和子 朝日出版社 ¥940(税抜)
『料理通信』編集長として食の最前線で活躍するシェフを取材し続けてきたからこその視点で、更新され続ける「おいしい」を深く掘り下げる。多数登場する人気レストランのこだわりを知れば、足を運びたくなること必至です。『外食2.0』 著=君島佐和子 朝日出版社 ¥940(税抜)

ここ10年ほど、食の流れはものすごい勢いで変化を続けています。

「美食=フランス、イタリア」という時代が長くあって、いやいや、スペインの『エル・ブリ』はすごいぞ、というところからガストロノミーの新潮流が始まり、その後、デンマークの『ノーマ』、そして今は南米ペルーの国民的人気シェフ、ガストン・アクリオと、世界の津々浦々、辺境の地にいたるまで、レストランやシェフにスポットライトを浴びるチャンスがある。

そのトレンドを牽引しているのが、私がチェアマンを務める『世界ベストレストラン50』の評議員を無報酬で引き受けてしまうフーディーズ(美食家)たち。彼らはおもしろいレストランがあると聞けば、お金と時間をかけることを厭わず、世界のどこへでも飛んで行きます。

『料理通信』編集長、君島佐和子さんは『外食2.0』で「外食は『おいしさ』の先を目指す」と書いていますが、食べたことないもの、見たことないものを求め続ける人間の欲望が、ガストロノミーを盛り上げているのです。

たとえば、『世界ベストレストラン50』のアジア版『アジアベストレストラン50』2016年度で、2年連続1位に選ばれた、タイ・バンコクのインド料理店『ガガン』。味は賛否両論、分かれますが、とにかくおもしろい。先日はコースの途中でお抹茶のセットが登場して、茶器からは真っ赤なパウダー、鉄瓶からはだしのようなものを茶碗に入れて、ばーっとお茶を点てるみたいなことをするから、何かと思ったらトマトスープ! 赤いパウダーはトマトを乾燥させたものでした。

「おいしい」「まずい」の次元ではなく、「なんだかすごいものを体験したな」という楽しみ方が食にはあって、『ガガン』では、それをおもしろがれるかどうかが問われるわけです。「おいしければ満足」という人と、「もっと楽しませて」という人。ガストロミーに対する知的な好奇心やリテラシーには、大きな格差ができていますね。

食材や生産背景、食文化へのこだわりがいっそう増している

食材への徹底したこだわりで知られるレストラン『ブルーヒル』シェフが、10年の歳月をかけて世界中の農家、畜産家、養殖場、育種家を訪れて、現代の食のシステムが抱える問題に肉迫した一冊。持続可能な未来のための食とは?『食の未来のためのフィールドノート』著=ダン・バーバー 訳=小坂恵理 NTT出版 ¥2,600[上]・¥2,800[下](いずれも税抜) 
食材への徹底したこだわりで知られるレストラン『ブルーヒル』シェフが、10年の歳月をかけて世界中の農家、畜産家、養殖場、育種家を訪れて、現代の食のシステムが抱える問題に肉迫した一冊。持続可能な未来のための食とは?『食の未来のためのフィールドノート』著=ダン・バーバー 訳=小坂恵理 NTT出版 ¥2,600[上]・¥2,800[下](いずれも税抜) 

食材についてもそうです。たとえば、昨年期間限定で東京に出店した『ノーマ』でよく使われる、生きたアリ。私は個人的に「アリは食材として“あり”か」(笑)というのは、ガストロノミーに対する貪欲さの判断基準になると思っています。食べてみるとレモングラスのような風味で、新鮮なエビにまぶすなどするとなかなか美味。

『ノーマ』は、その絶大な影響力で北欧の食文化すら変えてしまいましたが、今やシェフは、料理を提供するだけでなく、食材や生産背景、食文化を守るといった、社会活動家のような役割も担うようになってきました。N.Y.の三ツ星シェフ、ダン・バーバーも、『食の未来のためのフィールドノート』で現代の食の問題に切り込んで話題を呼びました。

さまざまな人の視点で語られる、世界の「食」

世界中の食に関わるだれもが口をそろえて言うのが、「日本はすごい」ということ。食材、その背景の食文化、料理人、すべてのポテンシャルが高いと。

辻芳樹さんの『すごい! 日本の食の底力』は、多くの先駆者が登場する、日本の食の潮流を知るのにおすすめの一冊です。食は日本が世界と戦える、数少ない圧倒的なコンテンツだということがよくわかります。

左/バングラデシュで残飯を、チェルノブイリで放射能汚染スープを、ブランデンブルク刑務所で囚人飯を。92年末から94年春まで、世界を旅して見た苛烈な現実を、「ものを食う風景」に分け入りながら綴ったルポルタージュ。『もの食う人びと』 著=辺見庸 角川文庫 ¥720(税抜)
左/バングラデシュで残飯を、チェルノブイリで放射能汚染スープを、ブランデンブルク刑務所で囚人飯を。92年末から94年春まで、世界を旅して見た苛烈な現実を、「ものを食う風景」に分け入りながら綴ったルポルタージュ。『もの食う人びと』 著=辺見庸 角川文庫 ¥720(税抜)
中央/日常の食について綴ったブログが話題を呼び、雑誌やWEBなどで幅広く執筆。超一流から超C級までを自由に行き来する、新感覚の食エッセイは、ときに馬鹿馬鹿しく、ときに哲学的で、読んでいてドキリとさせられる。『生まれた時からアルデンテ』 著=平野紗季子 平凡社 ¥1,500 (税抜)
右/生産者や料理人だけでなく、メディアによる情報発信や人材の教育にまで踏み込み、情報化の波の中で新たな挑戦を続けている日本の飲食業会の今をレポート。大阪の「辻調理師専門学校」校長による希望にあふれた一冊。『すごい! 日本の食の底力』 著=辻芳樹 光文社新書 ¥780(税抜)

ときに辺見庸さんの名著『もの食う人びと』で原点に回帰し、ときに平成生まれの食エッセイスト、平野紗季子さんの『生まれた時からアルデンテ』に新たな刺激を受けながら思うことは、現代は「おなかいっぱい」とか「おいしい」から進化した、食を芸術として楽しむ時代だということ。

そもそも「おいしい」とはどういうことなのでしょう。「アリはなし」だけど「生きたエビはあり」というのもおかしな話ですよね?

北欧では柑橘類が採れないので、アリを酸味として使ったのだと聞けば、風土や文化の違いと納得もできます。世界のあちこちに出かけて行って「おいしい」を考えることは、他者や、他の国を理解することにもつながる。

そう考えると、我々の食への飽くなき欲望も、平和的な交流を生む、健全なものだと思えてくるのです。

 

※この情報は2016年10月7日時点のものになります。詳細はお問い合わせください。

この記事の執筆者
TEXT :
中村孝則さん コラムニスト
2018.7.17 更新
コラムニスト。1964年、葉山生まれ。ファッションやグルメ、旅やホテル、ワイン&リカーなどラグジュアリー・ライフをテーマに雑誌やテレビで活躍中。2007年にシャンパーニュ騎士団のシュバリエ(騎士爵位)の称号を叙勲。2010年にはスペインより、カヴァ騎士の称号を叙勲。渋谷金王道場所属剣士で、剣道教士七段。「大日本茶道学会」茶道教授。「世界ベストレストラン50」日本評議委員長なども務める。 好きなもの:ファインダイニング、古美術、剣道、スーツ、旅、ホテル、バカンス、文学、アート
公式サイト:オフィス・ダンディ・ナカムラ
クレジット :
撮影/篠原宏明 文/中村孝則 構成/本庄真穂(HATSU)