マーガレット・サッチャー。英国初の女性首相。美貌で気品に満ち、政治家としても天下一品。ヒロインとして、映画にまで描かれた女性政治家は、彼女が初めてではないだろうか?

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英国初の女性首相、マーガレット・サッチャー

躍進ぶりもドラマティックだ。経済が疲弊して「英国病」と呼ばれていた1960〜1970年代の英国。そこへ、ジャンヌ・ダルクのように颯爽と登場し、毀誉褒貶(きよほうへん)はあるものの、経済を安定させたのがマーガレット・サッチャーの功績であった。 議会に、ほとんど女性がいなかった時代にもかかわらず、英国保守党初の女性党首に当選。それだけでも、充分に異色だが、1979年の選挙で経済の競争力強化を公約に掲げ、保守党を大勝に導き、初の女性首相に就任した。以来、強い意思と自信に満ちた決断、そしてエレガントな容貌との相反する要素の組み合わせは、マーガレット・サッチャーを印象づける何よりの特徴となっている。

強烈な反共主義であったため、当時のソビエト連邦国防省機関紙から「鉄の女」と揶揄されたが、皮肉にも、サッチャー自身がそれを気に入り、その後、あらゆるメディアに取り上げられたため、最も有名なサッチャーの愛称となっている。

ファッションや美意識が物語る、マーガレット・サッチャーの聡明なセルフプロデュース力

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マーガレット・サッチャー

政治家としての優秀さは、歴史が証明しているが、ファッションや美容についてはどうだろう。「仕事中毒」と自他ともに認める一国の首相に、着こなしやお洒落にかまける時間は捻出できたのだろうか。ましてや関心はあったのか? 結果的に、私は彼女の戦略の明快さと賢さに驚いてしまった。

選挙に圧勝し、首相の座を見据えたとき、彼女がとった行動は、まずダイエットだった。サッチャー財団の資料によると2週間で9キロ落としたそうだ。英国初の女性首相誕生の暁には、世界中に写真が出回ることを予測し、露出にふさわしい容姿を目指したと言われている。

若いころは、ふんわりした丸顔、政治家として表舞台に立つころには、すでに骨格がしっかりした意思的な優美さを備えた顔つきではあったが、より「写真映え」を求め「美しい政治家」に的を絞ったきわめて戦略的なダイエットであった。ちなみに気になるダイエット法は、食生活のコントロールが主で、穀類、肉を減らし、間食を断ち、好きなアルコールを制限、卵を1日4個から6個食べるというものであった。

首相になってからは、ふんわりとふくらませて、しっかりセットしたヘアスタイルを崩すことはなかった。完璧を期す性格のサッチャーは、平均して3日に1度は美容院に通い、ある年の記録によると年間118回通っていた。さらにロンドンで開催されたG7サミットの前後には、5日連続で通って維持に努めていたという。

忙しさを理由に、つい手を抜いてしまう、多忙な女性にありがちな言い訳など通用しない見事な女磨きの意志の強さ。見習いたいものだ。

女らしい装いを貫いた「鉄の女」の戦略的ファッション

ファッションについても、一家言があった。議員時代には、女性有権者らが着ていたカラフルな「主婦ルックを好んで着ていた。家計のやりくりに苦労する主婦らの共感を得て、票を獲得しようとしていたのだ。

ダウニング街10番地に移ってからは、保守党のカラーであるウルトラマリンブルーのスカートスーツに一変した。「仕立てのいい服を着るというのは女性らしさを排除することでありません。実際、仕立てのいい服を着ていると、人はこれから発言する内容に集中するのではないでしょうか。なぜなら服を気にする必要がないからです」とインタビューに答えている。サッチャーを象徴するブルーのスーツ姿は、党大会や首脳会議などで繰り返し世界のメディアのヘッドラインを飾り、モスクワ訪問時に着ていたアクアスキュータムのファー付きキャメルコートなど、’80年代には、ダイアナ元妃と並ぶ、英国を代表するパワードレッサーと評価が高かった。逆に女性政治家にありがちなパンツスーツはほとんど着用しなかった。

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1987年モスクワ訪問

女らしい外見を愛したサッチャーには、いくつかエピソードが残されている。モスクワを訪れた際、極寒の屋外からクレムリン内部に入ったとき、付き添うボディガードの膨らんだポケットから、何かを出そうとしたそぶりに周りに緊張感が走った。だがポケットを膨らませていたのは、ブーツを脱いで履き替えようとしたサッチャーのハイヒールがはいっていたとか、ズボンを履いたのは鉱山を視察した一回きりであったなどである。

服は、徹底して英国製にこだわった。庶民的な量販店「マークス&スペンサー」でまとめ買いしていると当時言われていたが、お気に入りは老舗ブランド「アクアスキュータム」であった。最大のシンボル「秘密兵器」と恐れられた黒い四角いバッグは「アスプレイ」製。重要な会議では必ず携帯し、「メモを取り出しては、決定的な論拠を提示した」と当時の風刺漫画でも、このバッグで政敵を打ちのめす場面が度々登場している。黒いバッグ以外は「アニヤ・ハインンドマーチ」を愛用していた。

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幾何学模様のボウタイブラウスを着こなす

堅実かつ実用性を重んじ、「私は2種類の格好しかしていません。そのひとつについては、一着のクラシックなスーツと多種多様なブラウスの組み合わせ」と、ボウブラウスなどのやわらかくフェミニンなデザインを好み、華美すぎない女らしい着こなしをベースにしていた。夫のデニスからプレゼンントされた2連のパールのネックレスも、定番アクセサリーとして愛用していた。

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ブルーのスーツ、2連のパールネックレスをつけるマーガレット・サッチャー

男性が多い政界の中で自らの存在感を高める戦略であったとも言われているが、マリンブルー、真珠、スカートスーツが今もファッションアイコンとして語られるのは、よく似合っており、無理のない着こなしだったからこそだ。

同僚であったジョン・ガマー元議員は、「とても美しい女性だった。それを的確に利用することを知っていた。いかに装い、女性らしさを失わずにいたかを見ることができてうれしかった」とサッチャーが亡くなった後語っている。

最も印象的なのは、故フランソワ・ミッテラン、フランス元大統領だ。「カリギュラ帝(古代ローマの皇帝)の目と、マリリン・モンローの唇を持つ」とフランス男らしい表現をしている。

大臣たちを震え上がらせながら、女らしさを兼ね備えた装いを貫いたマーガレット・サッチャーは、フェミニズムを振りかざすことなく、実力でウーマンズパワーを発揮した素晴らしい先駆者であった。  

この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
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Getty Images
EDIT :
渋谷香菜子