新シェフ就任でハイエンド志向を打ち出した「ボルゴ・サン・ヤコポ」

ホテル・ルンガルノの1階にあるメイン・ダイニング「ボルゴ・サン・ヤコポ」。2組限定のテラス席はアルノ川に面した特等席
ホテル・ルンガルノの1階にあるメイン・ダイニング「ボルゴ・サン・ヤコポ」。2組限定のテラス席はアルノ川に面した特等席

山岳リゾートで有名な北イタリアのドロミティ出身のシェフ、ピーター・ブリューネルは現在41歳。セルジオ・メイらイタリア料理界の巨匠に師事した後、フランスを経てガルダ湖にある「ネグリ」シェフに就任。3年目に1 つ星をもたらした後、フェラガモのホテル&レストラン・グループ「ルンガルノ・コレクション」所属全てのホテルの厨房を指揮するエグゼクティブ・シェフに就任、主戦場をフィレンツェへと移した。「ボルゴ・サン・ヤコポ」はかねてからアルノ川とヴェッキオ橋を望むフィレンツェ一眺めの良いテラス席と、フェラガモらしいスタイリッシュなインテリアで人気は高かったが、レストラン部門のさらなるてこいれにブリューネルが招聘されたのだ。

レストランの入り口はボルゴ・サン・ヤコポ通り沿い。インテリアにはヴィンテージ風ファッション・ポートレートが多く使われている
レストランの入り口はボルゴ・サン・ヤコポ通り沿い。インテリアにはヴィンテージ風ファッション・ポートレートが多く使われている

現在ブリューネルが提案するコース・メニューは3種類。地元トスカーナの郷土料理をベースに異なるアプローチで展開する「わたしのトスカーナ La MiaToscana€125」、野菜を料理の中心テーマに据えた「菜園 Ortaggi €115」、そしてなんともユニークなのがジャガイモを、ドルチェを含む全ての料理に使ったジャガイモ・コース・メニュー「ジャガイモのバリエーション Variazionesul Tema patata €120」だ。ブリューネルの出身地であるドロミティは文化的にもドイツ語圏に近くジャガイモは日常食。この大胆な試みが見事ヒットし「ジャガイモのバリエーション」は人気メニューとして定着した。

写真左/食べてびっくり、ジャガイモ100%ながら確かにパスタの食感がする「ジャガイモのスパゲッティ・カルボナーラ」 写真右/フィレンツェ生まれの食前酒を使った「カンパリとネグロニ伯爵」(右)
写真左/食べてびっくり、ジャガイモ100%ながら確かにパスタの食感がする「ジャガイモのスパゲッティ・カルボナーラ」 写真右/フィレンツェ生まれの食前酒を使った「カンパリとネグロニ伯爵」(右)

例えば最初に登場する食前酒を兼ねた前菜「カンパリとネグロニ伯爵」は、フィレンツェに実在したネグロニ伯爵が好んだことから定番となったカクテル、ネグロニへのオマージュで、極薄のジャガイモチップスをつまみながら飲む。これはネグロニ伯爵が好きだったバールのつまみを思わせる遊び心あふれる組み合わせ。そして誰もが驚き、また気に入るのが「ジャガイモのスパゲッティ・カルボナーラ」だろう。これは小麦粉を一切使わず、ジャガイモをピーラーで細い麺状にスライスして作ったジャガイモ100%のパスタなのだ。いわゆるグルテンフリーだが、一口食べてみるとびっくり。確かにスパゲッティの食感なのだ。これにあわせるのは定番のカルボナーラで、ジャガイモとチーズの相性のよさを再確認できる。

キアナ牛を使ったタルタル・ステーキ「ネロ・ディ・キアニーナ」。皿の右に添えられたのは黒トリュフを練り込んだビターチョコレート。これを最初に食べた後、キャビアとポレンタ・チップスが添えられたタルタルを食べると、トリュフの風味が倍増する仕掛け
キアナ牛を使ったタルタル・ステーキ「ネロ・ディ・キアニーナ」。皿の右に添えられたのは黒トリュフを練り込んだビターチョコレート。これを最初に食べた後、キャビアとポレンタ・チップスが添えられたタルタルを食べると、トリュフの風味が倍増する仕掛け

一方もうひとつのコース「わたしのトスカーナ」はというとキアナ牛を使ったタルタル・ステーキ「ネロ・ディ・キアニーナ」から始まり、固くなったパンを使った質素な料理、クチーナ・ポーヴェラの代表でもあるパッパ・アル・ポモドーロを現代風にアレンジした「パッパ&オーロ」、同じく地元のブランド豚であるチンタ・セネーゼと猪を使ったパスタ「ボットーニ」と続く。いずれも驚きある今風のプレゼンテーションだが、味はしっかりと伝統料理の枠を崩していないところはさすが。

「ボットーニ(ボタン)」と名付けられた詰め物パスタ。中にはイノシシのラグー。食べる直前にチンタ・セネーゼからとったブロードを注ぎ、さらに追いトリュフで香りづけ)
「ボットーニ(ボタン)」と名付けられた詰め物パスタ。中にはイノシシのラグー。食べる直前にチンタ・セネーゼからとったブロードを注ぎ、さらに追いトリュフで香りづけ)

面白かったのは最後に登場するドルチェ「テッレ・ディ・トスカーナ」。これは皿をトスカーナ地方の風景に見立てて、チョコレートやピスタチオブリオッシュのクラッシュをしきつめた冷たいデザートで、下にはグラッパのジュレが忍ばせてある。そして皿に添えられているのはトスカーナ名産のシガー「シガロ・トスカーノ」。デザートを持って来てくれた女性がスタッフがいうには「このドルチェはシガーを吸いながら食べて下さい、というのではなくあくまでトスカーナの土地を表現したものです。シガーはよろしければお持ち帰り下さい」とのこと。キアナ牛、イノシシ、チンタ・セネーゼなどトスカーナの味を堪能した最後には、トスカーナのテロワールそのものであるシガロ・トスカーノとグラッパでしめる、という演出。

土に見立てたドルチェ「テッレ・ディ・トスカーナ」。木に見立てたチョコレートで坪庭風になっている
土に見立てたドルチェ「テッレ・ディ・トスカーナ」。木に見立てたチョコレートで坪庭風になっている

ちなみにワインリストは900種類を数え、フェラガモが所有するワイナリー「イル・ボッロ」のワインが飲めるのも特徴。この日は2015年がファーストヴィンテージのメルロー、シラー、サンジョヴェーゼのブレンド「ボッリジャーノ2015」をあわせた。軽めのタンニンとフレッシュな酸味はシンプルなトスカーナ料理によく合う。ソムリエのサルバトーレが「次回は是非これを」と勧めてくれたのが、素焼きのアンフォラで熟成させたというサンジョヴェーゼ100%「ペトルーナ」。サンジョヴェーゼの果実味にくわえ土っぽいニュアンスとスムーズな口あたりが特徴だという。これは「ジャガイモのバリエーション」にあわせるとまさにトスカーナのトロワールを味わえ、ワイナリー「イル・ボッロ」を旅しているかのごとくアームチェアー・トラベルを楽しめるはずだ。

店名:ボルゴ・サン・ヤコポ/Borgo San Jacopo
www.lungarnocollection.com/it/borgo-san-jacopo
Tel:+39-055-281661
アクセス:Borgo San Jacopo, 62/R, 50125 Firenze
19:30〜22:30[無休]

この記事の執筆者
1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」を刊行。