路地に溶け込む隠れ家的な扉を開けると、すぐ横に絨毯敷きの階段。上るにつれて、赤い椅子に白木のカウンター、その向こうに作務衣姿の店主・市井喜代志さんの姿が徐々に現れます。
地元のネタを知り尽くした寿司職人が気持ちも新たに開店
「生まれも育ちも神戸なので、戻ってくるとやはり落ち着きますね」と市井さん。地元・神戸の寿司店や和食店で腕を磨き、1992年に六甲道で自店を開くも、阪神淡路大震災の影響で三田に移転。20年の時を経て、2016年に再び地元に戻り、気持ちも新たに腕を振るいます。地元出身だけに懇意の市場や鮮魚店も数多く、神戸中央市場や明石の昼網、大阪にまで出向いてネタを仕入れるため、ネタ箱には瀬戸内のネタを中心に、その日一番の魚が揃います。
口の中で消える煮穴子の柔らかさは圧巻
試行錯誤を重ねた数々のにぎりの中でも、圧巻は煮穴子。
「自分も穴子が好きで、他にはない看板ネタにできれば」と、穴子だけは常に最適な型の穴子を九州から確保し、年中欠かしません。「これだけは秘密」という独自の下仕事を施し、じっくり炊き上げた穴子は、「いったん冷やさないと手で持てない」という極限まで柔らかさを追求。
一見、肉厚ですが頬張ると、溶けるというより一瞬、口で見失うほど軽やか。香ばしい風味と旨みだけを残して、シャリにまとわるように消えていきます。思わず目を見張る、この名物目当てのお客が多いというのも頷けます。
和食の経験も生かした彩り豊かなおまかせコース
品書きは、昼夜共におまかせコースがメイン。とりわけ、「これまでの職人としての集大成」という夜のコースは、盛り込みも繊細な前菜盛合せが、幕開きを彩ります。月替わりで約10種を盛り込む前菜は、エビと栗のごま豆腐、筍と栗の袱紗など、手間を惜しまぬ仕事が随所に。華やかな一品は、和食や割烹での経験を持つ市井さんならではです。吟味されたネタの活きの良さが伝わる造りも、にぎりへの期待感を高めます。
やや小ぶりの寿司は、淡い旨みがすっと後引くカワハギや、濃密な脂を湛えたシマアジなど瀬戸内のネタのほか、地元の名産・有馬山椒の香りを効かせた〆鯖などのひと工夫も心憎い。古米のブレンドを特注するシャリも、「時季ごとに、10㏄単位で水加減を微妙に変えています」と市井さん。ピンと粒立ったシャリが、するりとほどける食感が心地よく、新鮮なネタの旨みが際立ちます。
寿司はおまかせもお好みでも楽しめますが、「堅苦しいのは苦手で、気軽に使ってもらえれば」という市井さんの話好きの人柄も手伝って、お一人様や女性客も多い。地元に戻ったベテランの味は、寿司激戦区の界隈でも確かな存在感を発揮しています。
【すし 市呂(いちろ)】
住所:神戸市中央区北長狭通2-9-6 好大ビル2F
アクセス:JR「三ノ宮」駅、阪急「神戸三宮」駅から歩5分
営業時間:12:00~15:00、18:00~22:00
定休日:月曜
問い合わせ先
- すし 市呂 TEL:078-335-0618
記事元:ヒトサラ https://magazine.hitosara.com/article/1115/
- TEXT :
- ヒトサラ編集部
公式サイト:ヒトサラ
- WRITING :
- 田中慶一