【目次】
- 南千束ってどこにあるの?「読み方」「場所」「最寄り駅」
- 南千束の「歴史」と「由来」
- 南千束の「魅力」と「住みやすさ」
南千束ってどこにあるの?「読み方」「場所」「最寄り駅」
南千束の「読み方」は?
まず、読み方をおさらいしましょう。「南千束」ってなんて読むかわかりますか? 「みなみちたば」? 違いますよ。
正解は「みなみせんぞく」です。大田区南千束の北側には「北千束(きたせんぞく)」があります。少々紛らわしいのが、すぐお隣の目黒区には「洗足」と書いて「せんぞく」と読む地名があります。ちなみに、東京都台東区には「千束(せんぞく)」という場所があります。
「千束」と「洗足」、漢字が違う「せんぞく」が近所にあるのはなぜ?
ではなぜ、千束と洗足、読み方が同じ2種類の地名がご近所にあるのでしょうか。北千束と南千束、そして洗足の一帯はその昔「荏原郡千束郷」と呼ばれていました。これが、「千束」の由来です。そして、「洗足」は、エリア内にある大池に、病気療養の湯治に向かう途中の日蓮聖人が立ち寄り、足を洗った、という伝説に由来します。この出来事により、大池は「洗足池」という名前になり、「千束」地域の一部が「洗足」と書き換えらたのです。このエリアが「千束」でなくても、「洗足」となった…と考えると、運命的なものを感じ、ちょっとおもしろいですね。
ちなみに、洗足池の東南にある「御松庵妙福寺」には、現在もこの出来事を記念して建てられたお堂があり、日蓮が足を洗ったときに袈裟をかけたという「袈裟懸の松」があります。
付け加えると、もうひとつおもしろいポイントがあります。実は、洗足池があるのは大田区南千束なのです。目黒区の洗足に洗足池があるわけではないのです。「洗足」という漢字が使われている目黒区の洗足は、南千束の北側、北千束のさらに北にあります。
南千束の「場所」
さて、頭が混乱してきたところで、南千束の場所を整理しておきましょう。高級住宅街の南千束があるのは、大田区の北部。南千束は1丁目から3丁目まであります。南千束の北側は、大田区北千束です。その北東側には、目黒区の洗足があります。この辺りが目黒区と大田区の境界となります。南千束の東側には環七通りが南北に通っていて、この通りを境に、お隣は品川区旗の台です。
南千束は、環七通りと中原街道の2本の幹線道路が近いので、車移動が便利な場所です。南千束エリア南側、東西に横切るように通っているのが「中原街道」。中原街道は中世には成立していたと考えられている相模国と武蔵国を結ぶ街道で、江戸時代には東海道の脇街道として利用されていた歴史のある道です。当時、千束付近は急坂だったので、荷車を使った産物などの輸送がとても大変だったそうですが、今は道幅も広く、とてもなだらかな道になっています。中原街道沿いには、上でも紹介している「洗足池」を有した公園「洗足池公園」があります。
南千束の住宅街の中にある道は、今も緩やかなアップダウンがありますが、家は南向きの傾斜地に建ち並んでいて、とても日当たりがよく、燦々と降り注ぐ太陽の光は心を癒やしてくれます。とても静かで、歩いていると、家の軒先からは大きく育った庭木を切るパチパチという心地よい音が聞こえてきます。
南千束の「最寄り駅」
高級住宅街 南千束の最寄りの駅は、東急大井町線の「北千束駅」のほか、大井町線と目黒線の2路線が通る 大「大岡山駅」。そして東急池上線の「洗足池駅」「長原駅」「旗の台駅」です。旗の台駅には池上線のほかに目黒線も通っていて、目的地によって目黒線と大井町線と池上線を使い分けることが可能です。
ちなみに「洗足池駅」があるのは大田区ですが、「洗足駅」があるのは目黒区洗足。また、目黒線「大岡山駅」の北側は目黒区大岡山ですが、駅があるのは大田区北千束です。ややこしいですね(笑)。
南千束の「地図」
南千束の「歴史」と「由来」
南千束の「歴史」
明治期、洗足池周辺には江戸末期から明治期の幕臣・勝海舟の別荘がありました。海舟は、慶応4(1868)年に新政府軍が江戸に進軍した際に、西郷隆盛との会談や交渉などにより、江戸城の攻撃を中止させ、「江戸無血開城」を実現させた人物としておなじみですね。海舟は江戸城の明け渡しについて話し合うため、中原街道を通って新政府軍が置かれていた池上本門寺へと向かう途中、洗足池付近で休息を取りました。そのときに、周辺の風景に魅せられたようです。ちなみに、洗足池は江戸時代から景勝地としても有名な場所で、歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」にも描かれています。
洗足池は、会談で神経を尖らせていた海舟の心を癒やしてくれた場所だったのかもしれません。そして明治24(1891)年、海舟は洗足池のほとりに晩年の別邸「千束軒」を建て、自分の埋葬の地もここと決めました。現在の大森第六中学校のある場所です。海舟は明治32(1899)年1月に亡くなり、今でもその地に眠っています。
南千束はなぜ高級住宅街になった?
南千束が高級住宅街となった背景には、「日本資本主義の父」といわれている実業家の渋沢栄一が深く関わっています。渋沢は満78歳を超えて、自然と都市生活が調和した「田園都市」を建設するために大正7(1918)年に田園都市株式会社(現在の東急)を設立しました。「田園都市」という考え方は、イギリスの社会学者エベネザー・ハワードの著作『明日の田園都市(Garden City of Tomorrow)』(1902年刊)に由来します。渋沢が求めたのは、自然をたくさん取り入れた都会をつくること。その事業地になったのが、現在の洗足、大岡山、田園調布の一体です。これらの東京郊外を高級住宅地とするために、郵便局の設置、学校や幼稚園の新・増設や医院の誘致、美観に優れた広い道路…、など高い品位をもつ住宅地造成に取り組みました。そして、インフラがきちんと整備された高級住宅街第一号となったのが「洗足田園都市」です。第1回分譲地売り出しは大正11(1922)年6月に行われました。
大正12年3月には目黒蒲田電鉄の目黒~丸子(現在の沼部駅)間が開通しました。 そして、この目黒蒲田電鉄の開通により、大岡山駅が設置され、それに伴って駅周辺から町が開け始めたそうです。同年の9月に関東大震災が起こります。 東京市街地では火災が広範囲に及んで大きな被害となりました。それに比べてこの洗足地域は被害が少なかったそう。そのため、安全性が高いと関心を集め、市街地から郊外への移住が加速しました。さらに大正13年、当時は浅草区蔵前にあった東京高等工業学校(現在の東京工業大学)が、田園都市株式会社との土地交換によって大岡山に移転してしてきます。学校が開設されたことにより、周辺はどんどん発展していきました。
南千束の「由来」
上でも触れましたが、大田区の北千束と南千束、そして目黒区の洗足の一帯は中世から近代まで「荏原郡千束郷」と呼ばれていました。千束分の稲の貢ぎが免ぜられていたというのが地名の由来です。その免租の理由としては、千束池(洗足池)が水源地として灌漑に利用されていたこと、千人の僧を招いて供養を営む法会「千僧供養」の費用にあてる免田だったなどの説があるそう。
南千束の「魅力」と「住みやすさ」
■1:都内屈指の大きな池のある洗足池公園があります
南千束エリアのシンボルといえば「洗足池公園」です。 洗足池公園には、武蔵野台地の湧き水をせき止めてできた4万平方メートルの大きな池、洗足池があります。 ホタルの自生地を目指した水生植物園もあり、自然豊かな日本の四季を身近に体感することができる環境がすぐ近くに整っているのが魅力です。7月下旬には灯籠流しや約3000匹のホタルが放たれる観賞会「ほたるのゆうべ」などのイベントも楽しめます。
洗足池公園の魅力はそれだけではありません。公園内には「千束八幡神社」や弁天島にある「弁財天社」、前述した「勝海舟夫妻墓所」など散策スポットも点在しています。「千束八幡神社」はこの地域の鎮守。源頼朝にまつわる伝承も残されています。体の白い斑点が池に映る月影に見えたことから頼朝が命名したという愛馬「池月」はこの地の野馬だったとか。
■2:大岡山駅前には活気のある商店街があります
東京工業大学のある大岡山駅前の商店街の特徴は、ラーメン屋が多いこと。そのほかにも、スーパーマーケットや輸入食品店KALDI、薬局や飲食店などがあり、生活に必要なものは揃っています。小道に入るとお味噌汁屋などのこだわり店も。大岡山駅の上には、日本初の駅上病院になった東急病院があって安心です。
■3:文教地区に指定されています
南千束の一部は文教地区に指定されていて、ギャンブル関係やホテルなどの施設などが建てられないなどの制限があります。大岡山駅周辺から南千束エリアにかけて、安心安全に過ごせそうな落ち着いた街並みが保たれているのはそのため。子どもたちも洗足池公園で元気に走り回っています。虫採りをしたり、子どもが元気に走り回れる公園は都内ではとても少なく、貴重です。
■4:風致地区にも指定されています
洗足池公園周りの南千束1丁目と2丁目、その周辺が、風致地区に指定されていて緑が大変豊かな大きな一戸建て住宅が並んだ高級住宅街エリアです。建物の高さは10m、調和のとれた街並みを維持するため建築物や看板などの色彩は落ち着いたものにするなどの決まりがあります。
風致地区では、建物の外壁などと敷地境界線までの距離が道路に接する部分では2m、そのほかは1.5mとあり、建てられる建物の大きさに制限が生じます。なので、昨今よく見るような、敷地面積いっぱいの一戸建ては建てられません。ゆとりのある一戸建てが並んでいるのはこのため。こういった場所は東京都内で数少ないので、土地単価が下がりにくいと言われています。
■5:人気スポット自由が丘がご近所に
東急東横線と東急大井町線が交差していて利便性がよく、人気のカフェやパティスリー、レストラン、アパレルショップなども勢揃いの「自由が丘駅」が徒歩30分、電車では大岡山駅から自由が丘駅までは3分の距離にあります。なかには、のんびり散策しながら南千束から自由が丘まで歩いて行くという住人も。歩くのが楽しくなるくらい心地のよい街並みが続いています。
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大岡山駅から目黒駅までは電車で10分程度。東京都心から少し離れているとはいえ通勤にも便利な距離にあります。洗足池周辺ほど緑の多い場所は、東京都内でもなかなか見つけることができません。自然に囲まれ、安心安全で、おしゃれな街・自由が丘にもアクセスしやすく、交通の利便性も高い南千束で穏やかに暮らしてみたいと思いました。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- AC,柳堀栄子
- WRITING :
- 柳堀栄子