常日頃、縁起が良いとか悪いとかなんて気にしない人がいる。ところが、年末年始や冠婚葬祭、はたまたマイホームの起工式に入学試験、スポーツの試合に臨む前など、人が変わったように、縁起の良い振る舞いを行ったりする。また周囲や社会もそんな縁起の演技とも言える行いを厳格に各個人に求めてくるものである。
みんなやってる縁起の演技
以前のこと友人から結婚式の司会を頼まれた時があったのがその時。ご存知の通り、お祝いの席では「ケーキカット…」とか「新婦がお色直しから戻ります…」「…別れます」などといった忌みする言葉が無数にある。私は一計を講じ、披露宴の式台本に喋る言葉を台詞として全て書き込み、それ以外は極力喋らないようにした。ひたすら朗読することで乗りきったことを思い出す。
腐っても鯛
そんなお祝いの席で饗応される食事も、当然のことながら縁起の良いメニューが並ぶ。すぐに思い浮かぶのは「鯛」や「海老」に「昆布」、そして「はまぐり」に「梅干」や「数の子」だろう。
中でもやはり筆頭は「鯛」ではないだろうか。「めでたい」と「たい」の音が重なったり、体が魔よけの色である赤みを帯びていることなど、昔からその品格の良さから日本人の祝いのアイコンとなっている。
有名なことわざに「腐っても鯛」なんてのがあるが、これは鯛の特徴をよく表している。
鯛は水深30メートルから150メートルの海底に近い岩礁地帯で強い水圧を受けているため、肉の細胞の外膜が他の魚よりも丈夫にできている。少々の細菌が取り付いても腐り難いし、肉質中にも水分が少ないため腐敗菌が繁殖し難いという。そのため、体の一部が腐っていたとしても、水漬けして根気よく何回か水洗いすると、焼き物や煮物にすれば頂けるという。
まさに「腐っても鯛」なのである。
幸せを引き寄せるシンクロ
我が国ではいにしえの時代から言葉には「言霊」があり呪力が備わっており、発せられたその言葉が、その意味する世界を「引き寄せ」そして、その世界と「シンクロ」(※1)すると強く信じる伝統があり、「同音異義語」の多い日本語には前出の様に、良い縁を起こすために縁起の良い食べ物の名前が並ぶわけである。
近代では「トンカツ」に勝つを重ねて縁起を担いだり、近年ではその名前が「きっと勝つ」の音に似ていることから定番のお守りとなっているチョコレート菓子もある。
この先もきっと新しい洒落の利いた縁起物フーズが登場することは間違い無いであろう。
今年は戌年だから「ホットドック」!?
例えば今年は戌年(いぬどし)だけに「ホットドッグ」なんてのはどうだろうか。
実際この「ホットドッグ」の英語の語感には、Dogをひっくり返すとGodになるなど、喜びや驚きといった良いイメージがあり、俗語は凄腕といったイケてる意味がある。まさに「ホットドック」は縁起の良い食べ物といっていいだろう。
名前の由来はパンに熱く(ホット)焼いたフランクフルトを、脚の短いあのダックスフント(ドック)に見立てたため。初めて登場したのは19世紀のアメリカはN・Yのコニーアイラランドの屋台で働く「ネイサンズ」という従業員が広めたとされている。そう「ホットドック」は紛れもなく正統なアメリカ料理なのである。
だがこの「ホットドッグ」を真にアメリカ料理だと世界に知らしめるきっかけになったのは、第二次世界大戦前に実際に起こった歴史的事件によるところが大きい。
公式晩餐会に出た「ホットドック」
その歴史的事件とは、1939年に英国の国王ジョージ六世とエリザベス一世がアメリカを史上初めて公式訪問した時に起こっている。
当時のアメリカ大統領は史上初の4選を果たした「第32代フランクリン・ルーズベルト大統領」。国王の目的は、欧州戦線に参戦するイギリスへのアメリカの支援を取り付けることにあった。だが当時のアメリカは建国以来の大不況に喘いでおり、国民の空気も厭戦気味。大統領はその申し出を拒否しようと、公式晩餐会で国王に「ホットドック」を饗して怒らせて帰らそうと画策した。
ところが晩餐会の前夜にお互いが腹を割って話す機会に恵まれた2人は、すっかりと意気投合する。そして食べないように王女からもきつく止められた「ホットドック」に、国王はかじり付いた。その瞬間なぜか拍手が起こり、一転、なにやら感動的で友好的ムードとなったのだ。
世界を変えた「ホットドック外交」
後に「ホットドッグ外交」と呼ばれる、米英同盟を決定づけた晩餐会は、記録フィルムにも残る。映画『私の愛した大統領』(2012)(※2)ではビル・マーレイの主演で喜劇として描かれている。
こうして「ホットドック」を食べた国王やイギリスに対する好感度が、アメリカ国民の間で高まり、世論の味方に得たアメリカは、やがて欧州戦線に参戦、戦争特需で超大国への道をひた走るのである。アメリカにとってこの「ホットドック」は縁起の良い食べ物と言えそうである。
もし、幸せになりたいと思った時や、誰かを幸せにしたいと思った時に、その人を勇気づけ背中を押してくれる食べ物があるのなら、その一皿(ヒトサラ)はその人にとってまぎれもなく 縁起の良い食べ物と言えるのかもしれない。
(※1)シンクロ(シンクロニシティ)。スイスの心理学者であるカール・グスタフ・ユング(1875~1961)が説く概念。原因があって結果のある「因果律」では説明できない、意味深い偶然の一致。日本語で「共時性」という。
(※2)『私の愛した大統領』(ユニバーサル・ピクチャーズ) ロジャー・ミッシェル監督によるビル・マーレイ演じる大統領と従妹との不倫関係を中心に描かれたイギリスコメディー政治映画。
記事元:ヒトサラ https://magazine.hitosara.com/article/1082/
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- ヒトサラ編集部
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