【目次】

駒場ってどこにあるの?「場所」「最寄り駅」「治安」

「場所」、渋谷と新宿までの距離は?

駒場4丁目付近はとても静かな住環境が整う。
駒場4丁目付近はとても静かな住環境が整う。

東京都目黒区駒場があるのは、渋谷と下北沢の間。渋谷区「松濤」、代々木上原、池尻大橋といった高級住宅街としてよく知られているエリアから続く閑静な住宅地で、1丁目から4丁目まであります。最寄り駅は京王井の頭線の「駒場東大前駅」。渋谷駅まで各駅停車で3~4分です。駅北側には、駅名の通り「東京大学駒場キャンパス(教養学部)」が、南側には、「筑波大学附属駒場中学校・高等学校」や「東京都立駒場高等学校」、「駒場東邦中学校・高等学校」など、進学校として有名な中学・高校がひしめき、文教地区としても知られています。そして、東京23区屈指の高級住宅街として有名なのが、エリア北西部に位置する駒場4丁目。緑豊かな「駒場公園」のほか、「日本近代文学館」や「日本民藝館」といった文化施設もあります。

写真左手の背の高い建物が「東京大学 先端科学技術研究センター」、道路を挟んで左右に建つ独創的な建物が「日本民藝館」だ。歩きやすい真っ直ぐな道が印象的。
写真左手の背の高い建物が「東京大学 先端科学技術研究センター」、道路を挟んで左右に建つ独創的な建物が「日本民藝館」。歩きやすい真っ直ぐな道が印象的。

駒場の「最寄り駅」

「駒場東大前駅」の目の前には東京大学駒場キャンパスがあり、学生の利用が多い駅だ。
「駒場東大前駅」周辺は、東京大学駒場キャンパスほか、都立・私立の高校が多く、学生の利用が多い。

上でも紹介した通り、駒場エリアの最寄り駅は、エリア中央を通る京王井の頭線の「駒場東大前駅」。井の頭線は渋谷駅と吉祥寺駅を結ぶ電車で、駒場東大前駅は渋谷駅から各駅停車で3~4分の距離にあります。渋谷駅までは歩いても30分程度です。渋谷駅はJR山手線・湘南新宿ライン・埼京線のほか、東急東横線・田園都市線、東京メトロ銀座線・半蔵門線・副都心線と、複数の路線が利用できます。また、駒場エリアの北側にある小田急小田原線の「代々木上原駅」、南側にある田園都市線の「池尻大橋駅」も徒歩圏内です。池尻大橋駅から渋谷駅は各駅停車で2分程度。代々木上原駅から新宿駅までは快速急行で5分程度で到着します。新宿駅も、渋谷駅と同様、JR山手線・湘南新宿ライン・埼京線・中央線・総武線のほか、京王線・京王新線、都営地下鉄新宿線・大江戸線、東京メトロ丸の内線など複数の路線が通っています。

駒場は、巨大ターミナル駅渋谷や新宿から近い距離にありながら、その喧騒からは少し距離があって、とても静かな住環境が整っているのが大きな魅力のひとつとなっています。

駒場の「治安」

駒場4丁目は一部を除いて第一種低層住居専用地域で低層住宅が並ぶ。
駒場4丁目は一部を除いて第一種低層住居専用地域で、低層住宅が並ぶ。

警視庁が発表した「区市町村別犯罪別認知件数」によると、令和4年の駒場の年間犯罪総数は39件。これは、目黒区で起こった犯罪件数の内の3%程度です。主要な駅から適度に離れた場所にあり、教育機関や文化施設が大部分を占める高級住宅地の駒場は安全性が高く、東京23区の中でも安心して暮らせるエリアと言えるでしょう。

駒場の「地図」

駒場の「歴史」と「由来」

なぜ高級住宅街に? 駒場の「歴史」

『江戸名所図会』斎藤長秋編ほか  天保5〜7(1834〜1836)年刊(国立国会図書館デジタルコレクション)
『江戸名所図会』斎藤長秋編ほか  天保5〜7(1834〜1836)年刊(国立国会図書館デジタルコレクション)

駒場の歴史を探るため、なぜここに東京大学の教養学部があるのか、その歴史から紐解いていきたいと思います。

江戸時代、この辺りでは将軍家の鷹狩や遊猟が盛んに行われていました。江戸の地誌「江戸名所図会」には「駒場野、道玄坂より乾(いぬい/西北)の方一四、五町を隔て代々木野より続きたる広原にて上目黒村に属し、ヒバリ、ウズラ、キジ、野ウサギの数多く御遊猟の地なり」と記されています。駒場野とは、現在の駒場2丁目から4丁目の辺りです。

「駒場野公園」があるのは駒場東大前駅の南側、駒場2丁目だ。かつてこの辺りは駒場野と呼ばれていた。
「駒場野公園」があるのは駒場東大前駅の南側、駒場2丁目。かつてこの辺りは駒場野と呼ばれていた。

明治初期になると、自然豊かな広大な土地は開墾され、内藤新宿(現在の新宿御苑)にあった国内外の穀物や野菜などの栽培と研究を行う「農学試験場」が駒場に移されます。「農学試験場」は、のちに「農学校」と名前が改められ、農学生や獣医学科生などが集められました。「農学校」は、明治19(1886)年に「東京農林学校」と名称が変わり、明治23年に「東京帝国大学」と合併。これがのちの東京大学農学部となります。一方、現在「東京大学農学部」がある文京区弥生の敷地には、東京大学教養学部の前身である「第一高等学校」ありました。そして、昭和10(1935)年、「東京大学農学部」との敷地交換により、第一高等学校が駒場に移転してきました。こうして、駒場に東京大学教養学部が生まれたのです。

東京大学本郷キャンパスのシンボルとなっている「赤門」(文京区本郷7丁目)は、国の重要文化財 旧加賀屋敷「御守殿門」で前田家がつくったもの。ここには江戸時代には加賀藩前田家の上屋敷があった。
文京区本郷7丁目、東京大学本郷キャンパスのシンボルとしても有名な通称「赤門」は、旧加賀屋敷の「御守殿門」で、国の重要文化財となっている。江戸時代、ここには加賀藩前田家の上屋敷があった。

同時期に、農学校の跡地に居を構えた人物がいます。それが、加賀百万石で知られる旧加賀藩主(現在の石川県)前田家の16代当主 前田利為です。明治17年に侯爵となった前田家は、もともとは本郷に居を構えていました。しかし、隣接する東京帝国大学の敷地拡張に伴い、所有する敷地が農学部の実習地となることに。利為は、その交換として与えられた駒場農学校の地(現在の駒場公園)に住まいを移し、昭和4年から5年にかけて、地上3階地下1階建てのレンガ造りの洋館と、茶室を備えた和館を建てました。ふたつの館は今も「駒場公園」内に当時の姿であり、洋館は昭和初期の上流華族の生活を知ることができる貴重な文化財「旧前田家本邸」として、国の重要文化財に指定されています。

駒場公園内にある前田家の居宅だった洋館。中を見学することも可能だ。
駒場公園内にある前田家の居宅だった洋館。中を見学することも可能。

どうして駒場に高級住宅街ができたのかは、土地交換による前田家の移転の影響が大きそうです。利為はこの地に邸宅を構えた際、周辺の土地に家来の中でも身分の高い側近たちを住まわせました。彼らが暮らしていくうちに、そのエリアが住宅街として整備されていったのです。

駒場の「由来」

駒場地区の南側を通る「淡島通り」。旧山手通りと環七通りを結ぶ。
駒場地区の南側を通る「淡島通り」。旧山手通りと環七通りを結ぶ。

「駒場」の由来は、文京区にある「駒込」や世田谷区「駒沢」と同じく、「駒」が「馬」を意味していることにあります。そして「場」は「牧場」のこと。「馬」の「牧場」があったため、「駒場」なのです。そして、古代から中世にかけて、この地で産出された良馬は軍馬として利用されていました。明治時代、この辺りは目黒村大字上目黒字駒場と呼ばれていました。それが昭和7(1932)年の目黒区誕生を機に目黒区駒場町となり、昭和43年の住居表示実施のときに、現在の駒場1丁目から4丁目と、青葉台4丁目になりました。

住みやすさは?駒場の「魅力」

■1:公園が複数あって緑が豊富です

駒場エリアには上でもご紹介した「駒場公園」や「駒場野公園」といった大きな木々が生い茂る緑豊かな公園があります。それぞれをもう少し詳しくご紹介しましょう。

■駒場公園(駒場4丁目)

駒場公園内「和館」。自然の巨木を生かした日本庭園が設けられた。和館は目黒区が、洋館は東京都が管理している。
駒場公園内にある「和館」。周囲には自然の巨木を生かした日本庭園が設けられている。現在、この和館は目黒区が、洋館は東京都が管理している。

前述した通り、駒場公園は前田利為侯爵駒場邸跡であり、「旧前田家本邸」のほか、芝生の広場や駒場野にあった林をそのまま生かした野趣あふれる庭が楽しめます。イギリス風の洋館も書院づくりの和館も一部開放されており、見学可能。和館の茶室や和室は有料施設として利用できるようになっています。

■駒場野公園(駒場2丁目)

「駒場野公園」内にある「ケンネル田圃(たんぼ)」。ケンネル氏は水田土壌の研究やイネ作肥料の研究にたくさんの業績を残した。
「駒場野公園」内にある「ケルネル田圃(たんぼ)」。ケルネル氏は水田土壌の研究や稲作肥料の研究にたくさんの業績を残した。

「駒場野公園」は、明治期「農学校」があった場所。明治14年にドイツ人ケルネル氏が農学校の教師として着任し、土壌や肥料の研究を行いました。そのときの水田が公園内に今でも残されて、筑波大学附属駒場中・高等学校の生徒により、今でも稲作が行われています。園内には、日本や世界から集められた珍しい樹木がたくさんあり、水遊びができるじゃぶじゃぶ池やデイキャンプができる広場も人気です。

駒場野公園内には春になると珍しい桜が咲く。紅葉もきれいな公園だ。
駒場野公園内には春になると19種もの桜が咲く。また、秋の紅葉も美しい。

■2:文化施設が点在し、知識を深めることができます

日本近代文学館は昭和41(1966)年に建てられた。
日本近代文学館は昭和42(1967)年に開館した。

前で紹介した「駒場公園」の和館北側には「日本近代文学館」があり、明治以降の図書や雑誌など120万点の資料が収蔵。企画展や作家の朗読会などイベントも開催されています。

「日本民藝館」は和風と洋風が取り入れられた独創的な建物だ。本館や長屋門等が国の登録有形文化財に登録されている。
「日本民藝館」は和風と洋風が取り入れられた独創的な建物。本館や長屋門などが東京都の有形文化財に登録されている。

また、駒場公園の近くには「日本民藝館」があります。名もなき職人が作った民衆の日用品に美を見出し、「民藝運動」の活動を担った思想家・柳宗悦が昭和11(1936)年に開館した施設で、日本や諸外国から集められた工芸品約17,000点が展示されています。柳宗悦はここを拠点に、工芸調査や執筆活動などを展開していきました。

■3:優秀な学生・生徒の街でもあります

「民藝館」の近く、閑静な住宅街の中にある「東京大学駒場キャンパス生産技術研究所」は工学を中心とした研究所だ。
「日本民藝館」の近く、閑静な住宅街の中にある「東京大学生産技術研究所」。工学を中心とした研究が行われている。

駒場エリアの大半を占めているのが駒場東大駅の北側にある東京大学駒場キャンパスです。そして、駅の南側には「筑波大学附属駒場中・高等学校」や「日本工業大学駒場中学校・高等学校」、「東京都立駒場高等学校」など、進学校として有名な中学・高校が集まっています。質の高い学校が近所にある環境は、ファミリー層にとって、魅力的といえるでしょう。

■4:すぐお隣には魅力的な商店街や「奥渋」があります

渋谷まで続く道に美味しそうなコーヒーショップやサンドウィッチなど軽食店が並ぶ。
渋谷まで続く道にちょっと寄りたくなるコーヒーショップやサンドウィッチなど軽食店が並ぶ。

駒場のお隣の富ヶ谷エリア周辺は「代々木公園」へと向かう道沿いに個性的なお店や隠れ家的なショップが並ぶ複数の商店街があります。また、小田急小田原線「代々木八幡駅」周辺から始まる商店街は、渋谷へと続いていき、途中には「奥渋(おくしぶ)」と呼ばれ親しまれているエリアが。ここにも、話題の洋菓子店やコーヒーショップなどがたくさん並んでいます。駒場は歩いて楽しい場所なのです。

駒場駅前のベーカリー「ル・ルソール」は美しいパンが魅力的なお店だ。
駒場東大前駅すぐのベーカリー「ル・ルソール」は美しいパンが魅力的なお店だ。

もちろん、駒場東大前駅にも魅力的なショップが並んでいます。駅南側にはこじんまりした商店街があり、ちょっとした買い物も可能です。

■5:新宿と渋谷に近く、車移動も便利です

駒場公園と東京大学生産技術研究所の間を通る「駒場通り」。住宅地の中を通るが、道幅も広くて通りやすい。
駒場公園と東京大学駒場キャンパスの間を通る「駒場通り」。

上でもご紹介した通り、エリア中央にある「駒場東大前駅」は渋谷駅から3~4分の距離にあり、エリアから少し離れた北側にある「代々木上原駅」は新宿駅から5分ほど。車移動の場合は、新宿も渋谷も15分程度です。エリア南側には「淡島通り」が、東側には「山手通り」が通り、首都高速中央環状線の「富ヶ谷出入口」もすぐ近く。車なら東京駅までは20分、羽田空港までは30分程度で到着できます。

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目黒区駒場は、広大な敷地を有する東京大学、駒場公園ほか、複数の学校がひしめき、住宅街はごくわずか。だからこそ「住宅地の希少性が高い」のです。駅前には、日本の未来を担う学生たちが溢れ、気品のある賑やかさがあり、4丁目の住宅エリアは閑静。また、情報発信都市である新宿や渋谷から近いというのも、魅力です。ここで暮らしたら、ミーハー心を満たしつつ、優雅で誇り高く、知的な暮らしができそうです。

参考:目黒区ホームページ
   日本民藝館
   東京大学農学部
   旧前田家本邸
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PHOTO :
AC,柳堀栄子
WRITING :
柳堀栄子